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4話 おやつはプリン

 魔王室には今日も俺とアリスの二人だけだ。

 窓からは昼時の明るい太陽光が降り注ぎ、部屋を暖める。

 ポカポカと暖かい部屋に、時折聞こえてくる平和そうな鳥の鳴き声。

 こう気持ちがいいと、昼寝をしたくなってくるな。


 しかし今はそれどころではない事態が起きてるのだ。しかもこの魔王室で。


「……なあアリス。一つ聞いてもいいか?」

「はいどうぞ」

「なんで魔王の部屋で秘書がおやつ食べてるんだ?」


 俺は椅子に座ってプリンを頬張るアリスを半目で見る。

 しかしアリスに悪びれる様子は皆無だ。


「お腹が減ったからです。魔王様はそんなこともわからないんですか?」


 そう答えるアリスの口調は厳しい。

 いや、なんで俺が怒られてるんだ?


「怒られるべきは俺じゃなくてお前だと思うんだが? 自分の部屋があるんだからそこで食べろ」


 そう告げる俺に、アリスは耳を塞いで「あー」と返してくる。

 どうやら俺の意見は最初から聞く気がないらしい。

 本当いい性格してるよお前。


「ハァ……もういい。勝手に食べろ、俺が許可する」


 面倒くさくなった俺は、アリスにプリンを食べる許可を出した。

 するとアリスはチラチラとこちらに窺うような目線を向ける。


「なんだ、どうした」

「……仕方ないので一口あげましょうか? そんなもの欲しそうな目で見られたら、おちついて食べることも出来ません」

「え、そんな眼で見てたか俺?」


 自覚がない俺に、アリスはコクンと首を縦に振る。


「はい、よだれをだらだらと垂らしながら舌なめずりをして、まるで満月の夜のワーウルフの様でした」

「確実にそんなことはしていない。お前の見間違いだ」


 お前の目には俺がどんな風に見えているのか教えてくれ。

 ……いや、満月の夜のワーウルフに見えているのか。

 さすがにあそこまで理性が飛んだような顔はしていないと思うのだが……。


 とはいえ、部下が折角気を使ってくれたのだ。断るのも野暮というものだろう。


「まあ、貰えると言うなら貰うとするか」


 俺はアリスにそう答える。

 アリスは「そうでしょうそうでしょう」と言いながら、満足げに息を吐き出し胸を張った。


「最初から素直になればいいんですよ、まったく。これだから魔王様は嫌いなんですよね。尊敬してます」

「素直になるべきはお前だと思うぞ?」

「う、うるさいです!」


 なんというか、本当にかわいいやつである。




 プリンを一口貰おうと近づいた俺だが、そこでアリスがあることに気が付く。


「あ、そういえばスプーンが一個しかないんでした」


 当然だが、一人分のプリンを食べるのにスプーンは一つしか必要ない。

 しかもそれはすでにアリスが口を付けたものであり、俺が使おうものならセクハラで瞬く間に魔王交代だ。

 最近はそこら辺厳しいからな。昔はもう少し寛容だったものだが……と、昔を羨んでも仕方がない。

 かといって食堂まで取りに行くのはさすがに手間だし……うむ、ここは俺が諦めるべきだろう。


「そういえばそうだな。なら残念だが今回は遠慮を――」


 そこまで言ったところで、アリスの声が俺の言葉を遮った。


「し、仕方ないですね、特別に私のスプーンを使っていいですよ……?」


 そう言って俺を見てくる。

 アリスは椅子に座っており、俺は立っているので、必然的に上目遣いだ。

 正直こう、ドキッとするものがなくもない。


「……いいのか?」


 幾ばくかの無言の後、俺は問う。


「わ、私がいいって言ってるんだからいいんです! はい、あーん!」


 そう言ってアリスはスプーンでプリンを掬い、勢いに任せた挙動で俺に向けてきた。


「あ、あーん……」


 こ、これはいわゆる間接キスなのでは……いや、そんな(よこしま)なことを考えてちゃ駄目だ!

 アリスは純粋な優しさで俺にプリンをくれたんだから、魔王としてきちんと誠実に対応しなくては。

 アリスはあくまで仲間としてこういった行為をしてくれているのだ。

 それを魔王の俺が邪推するなど言語道断だぞ。しっかりしろ俺!


 俺はなるべく無心になるよう心を諌めながら、アリスが差し出したスプーンに口を近づけていく。

 そしてもう少しで触れ合う――という時、魔王室の扉が思い切りよく開け放たれた。


「ロード、アリス、遊びに来たのじゃあ~!」

「漆黒の遊宴!」


 ヴェルレアとリザヴトがやってきた。最悪のタイミングで。

 俺とアリスは人形のように固まりながら、二人の来訪者と目を合わせる。


「……」

「……」


 二人は俺たちの痴態を無言で何秒か眺めると、くるりと踵を返した。


「……つ、痛恨の失態! 邪魔者は撤退!」

「ごゆっくりどうぞ~なのじゃ」


 再び締められた扉。

 再び二人きりとなった魔王室。

 しかし、その雰囲気は先程までと同じとはとても言い難い。

 具体的に言うと、そりゃあもう気まずい。とてつもなく気まずい。気まずいこと山の如しである。


 くそっ、普通あんな完璧なタイミングで来るか!?

 アイツラのせいでなんか変な雰囲気になってしまったじゃないか!


「ま、まあ、私は別に気まずくなんてないですけどね。気まずいです」


 やはりアリスも気まずいようだ。

 そりゃそうだ、これで気まずくならないやつがいたら俺はソイツに魔王の座を譲ってもいい。


「……アリス、お前全部食べていいぞ」


 まあ、気まずくなったが解決法は簡単である。

 俺が食べなければいい話だ。

 部下の行為を無下にするのは心苦しいが、これだけの気まずさを乗り越えてなお応えるほどの重大なことではないだろう。


「……わかりました」


 アリスは了承を返してくる。

 おそらくはアリスもこの方が気楽であろう。

 あの「あーん」はおそらく無意識で、意識してしまったからにはもう一度行うのは気まずいだろうからな。

 俺にとってもアリスにとっても、これが一番ベストな選択なのだ。


 アリスは一人ちびちびとプリンを食べる。

 時折なぜか残念そうに項垂れていたが、理由はわからなかった。

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