3話 ヴェルレア【種族:ヴァンパイア】
「アリス、今日の予定はどうなってる?」
「今日の予定は特にありません。ご自由にどうぞ」
「わかった、じゃあ……そうだな、ヴェルレアのとこでもいくか」
ヴェルレアは約一万歳、千年やそこらしか生きていない俺よりもはるか年上のヴァンパイアである。
今はもうすでに歴史となった「人間と争っていた時代」を知る、数少ない魔族の一人だ。
「わかりました。では参りましょう」
アリスを後ろに従え、俺はヴェルレアのいる吸血城へと歩を向けた。
厳かな雰囲気漂う吸血城に入るとまず感じたのは「暗い」ということだ。
魔素を使えば光など楽に灯せるというのに、それさえしていない。
まあ、ヴェルレアらしいといえばヴェルレアらしいが。
なんせ、アイツは類を見ないレベルでの面倒くさがり屋なのだから。
吸血城の天辺。そこにヴェルレアはいつものように寝転がっていた。
布団に体を委ね、ぬくぬくと気持ち良さそうにしている。
「おお、ロード、それにアリス! よく来たのじゃ、座れ座れ!」
俺たちが来たことに気が付くと、ヴェルレアは布団から細腕だけをだし、俺たちを手招きした。
「よくもまあ真昼間から布団にくるまって……相変わらずだなヴェルレア」
「妾はこれでいいのじゃ。だって動くの面倒じゃし」
俺はその返答にため息を吐く。
ヴェルレアは何に対してもやる気がない。
なんとかならないものだろうか。
そんなことを考えていると、ヴェルレアは口を開くのも面倒くさそうなゆっくりとした口調で言う。
「ああ、そうじゃ。丁度口寂しくなってきたところだったんじゃ。お主の血をくれんか?」
「ああ、別にいいぞ」
なんでも、俺の血は相当美味しいらしい。
自分では良くわからないが、それで喜んでくれるのならばあげてもいいだろう。
ヴェルレアは今でこそこんな感じだが、俺が生まれるはるか前の時代の英雄なのだ。
俺にも目上を敬う気持ちはある。
それを聞いたヴェルレアは真紅の目を爛々と輝かせた。
「おお! ではチューっと……吸うのは面倒じゃから、お主、ちょっと注射器で血を吸い取ってくれ。自分で」
盛り上がったヴェルレアのテンションは、言い終わる頃には普段通りに戻っていた。
「自分で!? なんで俺がそこまでしてやらなきゃならないんだ……」
俺の返答に、ヴェルレアは「けっ」と声をだし半目で見てくる。
「じゃあもういらんのじゃ。動くの面倒くさい」
「ちょっとは自発的に動けよお前……」
「クックックッ。何を隠そうこの妾、ただ呼吸が出来ればそれでいいのじゃ! ぶっちゃけ働くとか意味わからんのじゃ!」
「そういう本心は隠して、どうぞ」
見れば見るほど、コイツが英雄には思えない……。
実際ヴェルレアの見た目は幼女と言って差し支えないほどに未成熟なものだった。
肩口を越す銀髪に、深いワインレッドの瞳。そして一万歳を超えてなお未熟な身体。
年を取らないといってもいいヴェルレアには、一部に熱狂的なファンもいるらしかった。
ヴェルレアは相変わらず布団にくるまりながら残念そうに嘆く。
「ロードの血は美味なのじゃが、美味すぎて働く気が湧いてくるからそこはマイナスポイントなんじゃよなぁ」
「働けや」
働く気が湧いたなら大人しく働いてくれ。
「おお、怖い怖い。一万歳を超える妾に『働けや』などと……泣き虫ロードも恐ろしく育ったもんじゃのう」
ヴェルレアはニヤニヤと余裕の笑みを浮かべる。
くそっ、幼少時代を知られてるのは不利すぎる……!
というかもう千年前のことだぞ、いい加減忘れてくれ!
この窮地を救ってくれたのは、俺の自慢の秘書だった。
「魔王様。ヴェルレアさんは一万歳を超えてもただ飯食らいなので、そろそろ国外に追い出したらどうかと思います」
「アリス、お主酷くない!?」
「冗談です、少しだけ」
付け足された言葉に、ヴェルレアの顔が晴れる。
「なんだ、ならいいのじゃ!」
いいのかよ。少しだけ冗談って、大体本心ってことだぞ?
「まあ、何かしてくれると嬉しい。皆何かしらはやってる訳だし」
もう何度目になるかわからない俺の言葉。
しかし今日は何か気持ちでも変わったのか、ヴェルレアは布団の中でゴロゴロと転がりながら「むぅ」と謎の音を発する。
「そうじゃのう……。じゃあ、妾にできることを探してほしいのじゃ!」
「そこまで人任せなのか……」
「妾が考えてもいいのじゃが、妾に出来ることって殺戮くらいじゃし……」
「こっちで考える。お前は寝とけ」
物騒なことを言わないでくれ。
一万年前の感覚で物事を考えるのは止めて欲しい。今は平和なんだから。
ヴェルレアの活かし方を探るため、色々と質問してみる。
ちなみにヴェルレアは布団にくるまったままだ。やる気の欠片も感じられないな……。
「家事は?」
「できぬ」
「事務仕事は?」
「できぬ」
「芸術系は? 絵とか音楽とか」
「一切できぬ」
「……好きなことは?」
「吸血と睡眠じゃの」
……これはひどい。
「お前、何にもできないな」
「酷くない!? 妾色々できるのじゃが!? 絞殺じゃろ? 撲殺じゃろ? それに刺殺、殴殺、……」
「そんなのできなくていいから」
指折り数えている特技の全てが血なまぐさい。
幼い顔立ちと発言が致命的なミスマッチを起こしていて、眩暈がしそうだ。
というか、どうするか。
さすがにここまで酷いとどこに連れて行ったものか……。
俺は俯き考える。
やがて思い至ったのは、一人の男の姿だった。
「うーん……じゃあもうあれだな、アイツのとこ連れてくか」
「アイツ? 誰じゃ?」
「子供思いのリザードマンのところだよ」
俺はヴェルレアにそう言った。
というわけで、俺たちは今リザヴトの保育園にやってきている。
「のうロード……ここは保育園ではないか?」
「そうだな」
ヴェルレアは自分が保育園に連れてこられたことに不審顔だ。
布団から出たことで、やっとヴェルレアの全身が見れるようになる。
黒と赤を基調にしたゴスロリのファッションをしたヴァンパイアの少女は、小さな顔をしきりに左右に振る。
「むー? なぜ妾をこんなところに連れてきたのじゃ?」
「ああ、ヴェルレアは何にもできないから、せめて管理しやすいようにリザヴトの目の届くところにいてもらおうと思って」
「……え、妾園児扱い!? 妾一万歳なのじゃが!? なのじゃが!?」
憤慨したように声をあげるヴェルレア。
だが、これは俺たちの作戦なのだ。
ここまで馬鹿にされれば、いくらヴェルレアと言えども奮起してくれるに違いない。
そう願って俺は心を鬼にしてヴェルレアに厳しい言葉を投げかけているのである。
そしてその作戦を理解しているアリスも俺に追随する。
「ヴェルレアさん、いくつになっても役立たずは役立たずです」
「はぅえ!? ひ、酷いのじゃ……」
ヴェルレアは呆然とアリスを見る。
そんなヴェルレアに、アリスはぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい、言い過ぎました。冗談ではないですけど」
「冗談じゃないのかえ!? ロードぉ、アリスが妾を苛めるのじゃあ……」
小さい手で俺のズボンを握って来るヴェルレア。
その真紅の瞳はうるうると潤んでおり、見た者の庇護欲を掻き立てる。
だが、ここで甘やかす気はない。
いつも大事なところで甘やかしてしまうせいでいつまでたってもヴェルレアは働こうとしないのだ。
今日は徹底的に厳しくいかなければ。
「悪いなヴェルレア、俺もアリス側だから」
「何でじゃ、酷過ぎるぞ! 妾はもうプンプンじゃからな!」
怒ったヴェルレアの元に、近くで遊んでいた子供の一人がやって来る。
おそらく同年代の子が新しく保育園にやってきたと思ったのだろう。
「君は誰?」
「妾か? 妾はヴェルレアじゃ、よろしくの小童」
そう言ってヴェルレアは男児の頭を撫でようとするが、背が小さいせいで届かない。
無理して背伸びをしているせいで、脚がぷるぷるしている。
それを見ていた男の子は笑顔で言った。
「ヴェルレアは小さいね! 良く寝ないと大きくなれないんだよ? じゃーねー!」
言い切るとすぐにどこかへ駆けて行く男の子。
子供って時に残酷だよな。
駄目押しの一撃を喰らったヴェルレアは地面に膝をついた。
「ぬぐぐ……。小童に見下されるなど、屈辱じゃ! このままではいられん!」
おお、やる気を出してくれたか!
「これはもう、ふて寝するしかない! 妾はもう寝る!」
……ん? 今なんて?
呆気にとられる俺を無視し、ヴェルレアは勢いよく立ち上がりリザヴトの元へと向かう。
「リザヴト、布団はどこじゃ!」
「深淵の向こう側」
「それは一体どこなのじゃ!? もっとわかりやすく言わんか!」
「……お、押入れの奥」
あ、リザヴトが押し負けた。
場所を聞いたヴェルレアは今までの気怠そうな動きとは一線を画す俊敏な動作で一瞬にして布団をひき、その中に入った。
「では皆の者、お休みなのじゃ~」
そう言うや否や、ヴェルレアはすぅすぅと健やかな寝息をたてはじめる。
「嘘だろ……」
これには俺も呆然とするしかない。
「『保育園に連れてきてヴェルレアさんのやる気を取り戻そう計画』失敗でしたね、魔王様」
「恐怖の吸血鬼……」
突然怒鳴られたリザヴトはもう涙目だ。
「魔王様は誰よりもリザヴトさんに謝らないといけないと思います」
「悪かったなリザヴト。とびっきりの問題児を連れてきてしまった」
「……努力の下僕」
……頑張る的なことだろうか。
すまないリザヴト、苦労をかける。
結局ヴェルレアはなんだかんだで保育園が気に入ったらしく、そのまま住みついてしまった。
リザヴトには本当に酷いことをしてしまったな。今度食事でも奢ることにしよう。