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29話 アリス【種族:ヴァルキリー】

翌日、夜。

昨日と同じグラウンドで、俺たちはヴァルキリーが到着するのを待っていた。

この場にいるのは幹部たちと戦闘部隊の面々。

昨日の賑わいが嘘のように、グラウンドは殺気立っていた。


「アリス」


俺はアリスに声をかける。

アリスはどうやら寝ていない様で、やつれた表情をしていた。


「はい、あの、今までありがとうございました」


アリスは俺に、そして皆に頭を下げる。


「戻りたいのか?」

「戻ります」

「目を見て答えろ、アリス。俺が聞いてるのは戻るか戻らないかじゃない。戻りたいか戻りたくないかだ」


目を逸らしてそう言ったアリスに、俺はもう一度問う。

アリスは金の瞳を逸らさず、真っ直ぐ俺を見て、言った。


「……戻ります」

「……そうか、わかった」


俺はそこで会話を打ち切る。

その目には強い意志が見てとれたからだ。

……俺たちは余計なことをしでかそうとしているのかもしれない。そんな考えが脳裏をよぎる。

だが、考えを変える気はなかった。

俺は魔王として、自分が信じることを貫くと決めたからだ。







そして数十分後。

空に金色の光が瞬く。

昨日と同じ光は、その数を五十近くに増やしていた。

そしてそのうちの二つが地上へと降りてくる。


グラウンドへと降り立った光。

その内一人は昨日と同じ青年、もう一人は厳格な顔をした壮年の男だった。

その男を見て、アリスが驚く。


「お父さん……!?」

「久しぶりだな、アリス」


アリスの父らしい男はこちらに向きなおる。

そして俺たちに向かって頭を下げた。


「どうも魔族の方々。私はフォークライン。アリスの父をしている。この度は娘が迷惑をかけたようで、申し訳ない」


フォークラインは低い声で言う。

言を発するだけで、男の強さが分かった。

強い。おそらくこの場にいる誰よりも。

魔王の俺よりも、一万年を生きるヴェルレアよりも、明らかに強い。


「さあアリス様、こちらへどうぞ!」


その雰囲気に呑まれかけた俺を、青年の声が引き戻す。


「皆さん、今までありがとうございました。皆さんといられて楽しかったです。……さようなら」


アリスは俺たちに頭を下げ、青年に従う様にヴァルキリーたちの元へと歩き出した。

ここで止めなければ、アリスと会うことは二度とないのだろう。

アリスの横顔が涙で歪んでいるのが見えた。

それは晴れ晴れした涙には到底思えず、俺はアリスに手を伸ばす。


「行くな、アリス」


俺はアリスの腕を掴んで引き戻した。

こんな別れ方は違う。

これじゃ、アリスも俺たちも幸せにはなれない。


「悪いが、お前たちには渡さない」

「……え?」


俺は目を丸くするアリスの身体を抱き留め、彼らを真っ向から見据えた。

青年の顔が見る見るうちに怒りで赤くなっていくのが手に取るようにわかる。


「貴様、なんて不埒な……! ヴァルキリーの中でも『最も高貴なる血』を受け継いだ、『純血』のアリス様だぞ! お前らごときが気軽に触れていいようなお方ではない!」

「……違うな」


青年の言葉を否定する。


「違うだと? 何が違うと言うんだ」

「最も高貴なる血だとかそんなんじゃない。ここにいるのは魔王軍秘書官のアリスだ。お前たちがどこで何をしようと勝手だが――俺の家族に手を出すなら、容赦はしない」

「魔族風情が偉そうに……っ!」


俺の主張に青年が歯ぎしりをし、怒りで拳を握る。

それを制止したのは、アリスの父であるフォークラインだった。

フォークラインが片腕をスッと横に出すだけで、青年は口を噤んでしまう。

黙ってしまった青年とは対照的に、フォークラインは落ち着き払った仕草で口を開く。


「アリスはヴァルキリーのアリスだ。それ以外の何物でもない。そなたたちとは文字通り住む世界が違う。その決断は、アリスにとってもお前たち魔族にとっても不幸な結末にしかならないと思うが」

「種族で住む世界を決めるなんて、天界の皆さんは随分古い考え方に囚われてるんだな。それはもう、俺たちが一万年前に克服した道だ。暮らしたい場所で暮らす、それが一番の幸せだろうが」


俺はフォークラインと視線を交わす。

アリスと同じ金色の瞳に金色の髪、その顔にもアリスの面影が見てとれる。

アリスは父親似なのかもしれない。そんな場に合わぬ考えが脳裏をかすめた。


俺とフォークライン、両陣営のトップがにらみ合ったことで、途端に雰囲気が険しいものへと変わる。


「俺たちが遅れてるとでも言うつもりか!? お前たち、戦闘準備だ!」


青年が空に浮かぶヴァルキリーたちに命じ、ヴァルキリーたちが散開を始める。

それらは一糸乱れぬもので、日ごろの練度を感じさせた。

だが、俺たち魔族軍も負けてはいない。


「同胞の死守。仲間のために」


荒事の得意ではないリザヴトが震えながらも拳を構え。


「私の可愛いアリスちゃんを奪うって言うんなら、抗う以外にないわよねえ?」


サキュレが自らの尻尾から槍を引き抜き。


「オラ馬鹿だからよくわかんねえけど……アリスさんは仲間だだ。仲間は守るだ! うおおおおおお!」


タウロスが魔王領全体に響き渡るかのごとく咆哮し。


「天界に住むヴァルキリーの血とやら、一度吸ってみたかったんじゃよなぁ」


ヴェルレアが真紅の目を不敵に歪めながら牙をむき。


「アリスさんはあたしの友達でありライバルであり、ずっと一緒にいたい人だ。あんたたちには渡さない」


リナが守るようにアリスの前に立ち塞がった。


まったく、頼れるやつらだ。

仲間のこんな姿を見て、奮えぬ魔王がいるだろうか。

……いるわけないな。


俺はアリスをリナに任せ、一歩前に踏み出す。


「来るなら来いよヴァルキリーども。言っとくが、地界の魔族はしつこいぜ? 俺たちは魔王軍の総力をかけてアリスを守る。アリスは、俺たちの家族だ」


俺は自身の存在を主張するように黒いマントを翻した。


「皆、お父さん……っ」


アリスがそう声を上げる。

自分が諦めれば穏便にすむと思っていたアリスにとって、この一触即発の空気は完全に想定外だったのだろう。

その声だけでアリスの血の気が引いているのがわかった。


「アリス」


俺はアリスを振り返る。


「これが最後の質問だ。帰りたいなら帰りたいでいい。俺たちは皆、お前の正直な気持ちが聞きたいんだ」


俺の声に、ヴァルキリーも仲間たちも、その動きを止めてこちらを注視する。

今この場の全員の目が、俺とアリスに向けられていた。


「……アリス、帰りたいか?」

「……私は」


アリスは服の袖をギュッと握る。

そして静かに口にした。


「私は、彼らと一緒にいたいです。それが私にとっての幸せで、この人たちはもう私にとっての家族です。……ごめんなさい、お父さん。お願いです、帰ってください」


一瞬時が止まったかのように静まり返る周囲。

そんな中、一番に復活したのはヴァルキリーの青年だった。


「お、おかしい! アリス様がそんなことを言うはずがない! 本心じゃないんですよね、ねえアリス様!」

「それはあなたたちが一番ご存じなはずでは? 私たちヴァルキリーは嘘がつけません」


そう言ってアリスは俺たち全員の顔を順々に眺める。


「私は彼らが嫌いです。大好きです」


アリスは自分の口からでた言葉にクスリと笑った。

付き物が落ちたかのようなその笑顔は、いつもとまるでかわらないアリスの笑顔そのものだった。


「わかっていただけましたか?」

「そ、そんな……っ」


青年は信じられない様子で口を半開きにする。

アリスが俺たち魔族のことを好きだという事実をまだ受け止められていないようだ。

フォークラインはそんな青年の肩に手を置き、アリスの顔を見る。


「……わかった、帰ろう。……アリス、魔王、それにそなたたち。すまなかったな」


フォークラインは俺たちに頭を下げてくる。

その気持ちは有難かったが、彼らにあまり居すわられるわけにもいかなかった。


「謝罪は受けとる。だが即刻帰ってくれ。コイツらが……というかそこのヴェルレアってヴァンパイアが爆発しないうちに」


俺は後ろを指差す。

ヴェルレアがもうなんかヤバい感じになってる。ふーふー言い出してる。

このままじゃ俺でも止められなくなっちゃう。


「……わ、わかった」


フォークラインは若干引いた目でヴェルレアを見た後、他のヴァルキリーたちに顎で合図を出した。

ヴァルキリーたちが金色の光を放ちながら天へと昇って行く。

その光景を、俺たちは無言で眺めていた。






まるで夢でも冷めたみたいに急速に現実感が増していく。

今の今まで言い争っていたヴァルキリーたちはもう帰って、今ここにはアリスが残っている。


「これは、俺たちの勝ちでいいんだよな……?」


俺の言葉にサキュレが反応する。

サキュレは珍しく、嬉しそうに顔を緩ませた。


「いいに決まってるでしょぉ。なんて言ったって、アリスちゃんが残ってるんだから」


サキュレの言葉に、アリスが照れたように微笑む。


「ご心配、ご迷惑をおかけしました。本当に……」


頭を下げるアリス。

それを遮ったのは意外なことにリナだった。


「ところでヴェルレアさんは大丈夫なのか? 息が荒くなってんだけど……」


そう言って指差す先では、ヴェルレアが肩で息をしていた。

眼光はぎらつき、もはや獣と相違ない。

ヴェルレアのやつ、理性が飛ぶ直前の顔してやがる。


「フォークラインと言ったかの? アリスの父を見ていたらちょっと気分が昂り過ぎたのじゃ。誰でもいいから血を吸わせてくりゃれ」

「俺の血吸ってていいから、絶対暴れるなよお前」

「はーいなのじゃ」


そう言って肩に思いっきりかぶりついてくるヴェルレア。

痛ってえ……。興奮状態だからか普段の気遣いがないせいで相当痛い。

だが、もし戦闘になっていればヴェルレアに頼る形になっていたのは間違いない。

ここまで昂ぶっているのはその責任を感じてフルスロットルになったが故だろう。ならば少しくらいは許容してやるのが魔王の度量というものだ。


「がじがじがじがじ」

「噛むな」

「はーいなのじゃ」


とことん締まらんな……。


俺はヴェルレアに噛みつかれたままアリスの方を見る。

伝えたい言葉が次々胸の奥から湧いてくるのだ。

それらを取捨選択し、一番大事な言葉だけを取り出す。

どうしても今この瞬間に伝えておきたい言葉があった。


「アリス、お前は魔王軍の一員だ。何があってもな」

「はい……っ!」


アリスは晴れやかな顔で頷いてくれた。

その顔を見れただけで、今回の選択は間違っていなかったと思える。

アリスはその顔のまま幹部たち全員を順に眺めていく。


「リナさん、ヴェルレアさん、サキュレさん、リザヴトさん、タウロスさん。皆さん本当にありがとうございます。ご迷惑おかけしました、それと……大好きです」


それを聞いた幹部たちは皆でアリスに詰めかけた。

さきほどまで俺に噛みついていたヴェルレアさえも、いつの間にかアリスに引っ付いている。

揉みくちゃにされながらも、アリスはずっと笑っていた。

魔王の俺にとってはとても心温まる光景だ。ずっと見ていたいと思える感動的な光景だ。

だが、一つだけ腑に落ちない点がある。


「なあ、俺の名前が呼ばれてないんだが」


アリスが読んだ中に、俺の名前はなかった。

俺も頑張ったのだ。

褒めて欲しいとまでは言わないが、少しくらい労いの言葉をかけてくれてもいいじゃないか。


「俺のことは好きじゃないのか? もしや、俺はアリスに嫌われていたのか!?」


半ばふて腐れながらアリスを見つめる俺に、アリスは「んー」と唇に手を当てる。


「魔王様ですか? 魔王様は……まあ、ちょっと好きです。一番好きです」


え、一番好き?


「そ、そうか」


そこまで言われると、ちょっと照れるな……。

どういう顔をしたらいいのかわからない俺に、アリスは焦ったような顔をする。

ブンブンと手を振って、慌てて言葉を付け足した。


「ちがっ、今のは違くて! 恋愛感情とかそういうんじゃないんです! 異性として好――ぶちぃッ!」


アリスはおもいきり自らの舌を噛む。

瞬く間にアリスの瞳には玉のような涙が浮かんだ。


「……大丈夫か?」

「いひゃいれす……」

「今何か言いかけてたよな。何だったんだ?」

「これ以上話すと墓穴を掘る気しかしないので、魔王様とはもう喋りたくありません」

「なんでだよ……」


さっきまでの晴れやかな顔とは裏腹に、アリスは眉を怒らせプイッとそっぽを向いてしまう。

アリスの傍によった幹部たちは回り込み、その顔を覗き込んだ。


「これは……照れてるな、アリスさん」

「うむ、照れておるのぅ」

「可愛いわぁ」

「乙女の恥辱」

「アリスさん、なんで照れてるだ! なんで照れてるだあああああ!」


再び詰め寄る幹部たち。

その中心でアリスはプルプルと拳を震わせる。


「み、皆さんもう大っ嫌いになっちゃいますからねっ!? 大好きです! ……うわああああんっ!」


アリスは真っ赤な顔でどこかへ駆けて行ってしまった。

これは……めでたしめでたし、なんだろうか。

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