27話 当日
そして時は過ぎ、五日後。
日も落ちたグラウンドには、多くの魔族が集まっていた。
折角だからほとんどの仕事を休みにして、希望する魔族は全員参加可能にしたのだ。
俺たちだけ楽しむのはズルいからな。俺は魔王領に住む国民すべて、全員等しく家族だと思っている。
幹部連中と休みを合わせた意味はなくなったが、この方がより多くの人が楽しめることは間違いないだろう。
その甲斐あって、普段は戦闘部隊が訓練するための武骨で物々しいグランドが、今宵は領民たちの憩いの場となっている。
まだ花火を上げる時刻までは時間があることもあり、大多数の人々は友人や親子間での会話に花を咲かせていた。
人々の笑顔が方々で見て取れる。……良い光景だな。
俺は幹部連中と共にその光景を眺めていた。
やがて、アリスが別のモノに興味を移す。
「これが花火ですか? 大きいですねー」
アリスが物珍しげに近づく先には、巨大な薄茶色い玉が無数に置かれていた。
「ああ。危ないから触るなよ?」
俺はアリスを引き留める。
暴発なんてことになったら洒落にならないからな。
「お主かなりの金額使っておらぬか? 妾が想像したのの十倍は数があるのじゃが……」
無数に並んだ花火を見て、ヴェルレアが呆れたように呟く。
「楽しむためには金を惜しまん! 気にするな!」
「魔王様太っ腹です!」
「さすが魔王様! 良く言った!」
「魔王様万歳だああああ!」
アリス、リナ、タウロスが次々に俺を称賛する言葉を口にする。
なかなか見る目があるじゃないか君たち。
「ふっふっふっ、苦しゅうない」
俺は不敵に笑ってそれに応える。
「え、何ですかそれ。幻滅です」
「それはないぜ魔王様」
「魔王様しっかりしろだ!」
手の平返しが酷過ぎないか? 関節外れるレベルだろこれ。
浮かれる三人は放っておいて、俺はヴェルレアの肩にポンと手を置く。
「まああれだ。これだけ集まってワイワイ楽しめる機会なんて滅多にないからな。金のことは忘れて楽しんでくれ」
それを聞いたヴェルレアはニィッと笑みを浮かべた。
「お主も中々懐が深くなったのぉ。おもらししてたころとは大違いじゃ」
「お前それいつまで言うんだ……」
お前が言うたびに俺はバレるんじゃないかと心配になってるんだぞ。
しばらくすると、子供たちに囲まれていたリザヴトが俺たちの元にやってきた。
「深夜だからか元気そうだな」
「漆黒の饗宴」
「おう、そうだな」
全く意味は分からんが、とりあえず頷いておこう。
俺が頷いたことに気をよくしたのか、リザヴトは身体を斜めに傾けながらさらに続ける。
「花火、それは空に上がる花火」
「なんだそれは」
比喩にもなってないぞリザヴト。
酔ってるのか?
「あらぁ、魔王様じゃなぁい」
リザヴトに困惑していると、今度はサキュレがやってきた。
コイツはコイツで男に囲まれていたはずなのだが、一度こちらに顔をだしに来たのだろうか。
変なところで律儀なやつだ。
「花火もいいけど、人肌が恋しいわねぇ」
そう言いながら胸元をチラリと露出するサキュレ。
「そんな眼で見られても俺は靡かんからな」
「魔王様ったら、いけずなんだからぁ。リザヴトはどぉう? ……あら?」
「リザヴトならさっき子供たちに攫われていったぞ」
俺が指差す先では、リザヴトが子供たちにもみくちゃにされていた。
「ならあたしも男たちにもみくちゃにされてこようかしら」
「好きにしていいが、それを俺に言うな……」
どういう反応を返せばいいかわからんだろ。
「……あ、でもタウロスのところに行こうかな」
サキュレは普段の魔性の笑みとは違う乙女な顔をして、タウロスのところへ行ってしまった。
まったく、どいつもこいつもはしゃぎやがって……。
特に幹部連中は騒ぎの中心だ。
タウロスは斧持ってるせいで子供たちに泣かれてるし、ヴェルレアは立ったまま寝ているし、アリスは人知れず転んでべそをかいている。
……なんというか、皆碌なことしてねえな……。
だが、それでいい。それでいいと俺は思う。
仕事なんて忘れて楽しむ、それが一番今宵を楽しむ方法だろう。
やつらは皆思い思いに今日を楽しんでいるのだ。
そうだな……うん、俺ももう少し楽しまなきゃな!
そしてあっという間に花火の時刻となった。
バラバラになっていた幹部たちは、いつの間にか俺の元へと集っている。
俺たちは上を見上げて発射を今か今かと待ち望んでいた。
「いよいよですねー」
「そうだな」
「漆黒の饗宴」
夜だからとりあえずそれ言っておけばいいと思ってるだろお前。
と、そんなことを考えているうちに、花火が上がり始めた。
グラウンド中の視線が天へと注がれる。
「こりゃあ、すごいな」
まるで天まで届くかのような、大きな花火だ。
ひゅるひゅると笛の音のような音と共に打ち上がるそれは、夜空に大輪を咲かせる。
そんな光景を、俺たちはただ呆然と眺めていた。
心打たれる、とはこういうことを言うのだろう。
すべての雑念が脳内から消え去り、ただただ空を見上げるばかり。
そしてそれはとても充足感に満ち足りたもので。
「こりゃあ、すごいな」
俺はもう一度同じ言葉を呟いた。
皆もきっと同じことを思っているのだろう。
俺たちはこの瞬間、確かに同じ物を見て、確かに同じことを感じていた。
「いやー、すごかったな!」
俺は興奮しながら皆に言う。
それを聞く皆の顔は、興奮で少し火照っていた。
きっと今の俺も同じ顔をしているのだろう。
それほどのものだった。大金を出した甲斐があったというものだ。
俺は満足感に浸り、しみじみと頷く。
そんな時、サキュレが声を出した。
「なにかしら、あれ」
そう言いながら、空を指差す。
見ると、光る何かが凄い速度でこちらに近づいてきていた。
あれは……人か?
首をかしげる俺に、ヴェルレアは切羽詰った声を出す。
「ロード、警戒しろ! あれは――」
「……ヴァルキリー……」
アリスが呆然と呟く。
先ほどまでは豆粒ほどだったそれは、すぐに肉眼でも人の姿が確認できる大きさになり、そして俺たちのいるグラウンドへと着地した。
金色の翼が生えた青年は俺たちには目もくれず、ただ一人だけを視界の真ん中にとらえる。
「アリス様、お探ししておりました! なぜこんな地界に……さあ、帰りましょうアリス様!」
そう言って、ヴァルキリーはアリスに手を差し伸べた。
クライマックスなので、明日は21時から一時間ごとに三話投稿します。
最終話(30話)は23時予定です。




