25話 天使はどちら
ある日。
今日の魔王室にはリナが訪れていた。
昼時ということもあり腹が減った俺たちの前に、美味しそうな料理が並べられる。
ご飯にとろみのついた黄金色の餡がのったそれは、腹の虫を呼び覚ますのに充分な匂いを放っていた。
俺とアリスは躊躇いもせずにその料理に手をつける。
今回の料理は今まで味見してきたものの完成版、よって味の心配はいらないのだ。
銀のスプーンで一口掬い、勢いのままに口に入れる。
……美味い。凄いな、なんか幸せな気分になる。
「お、美味しい……リナさん、これすっごく美味しいですっ!」
「へへっ、だろ? ありがと、嬉しいよ」
リナは頬を掻きながら言う。
これほどの味、俺も感想を言わない訳にはいくまい。
俺は口の中を空にしてからリナに言った。
「美味いな。これはきっと人気がでるぞ。幸せな味がする」
「本当? 嬉しいよ。ありがとうな魔王様」
完食した俺たちの皿を見て、リナは幸せそうな顔をする。
その顔はまさしく一人前の料理人の顔だ。
リナはまだ年若い少女だが、それでも立派な職人なのだと再確認させられる。
「なんか二人に食ってもらったら自信でてきたなぁ」
食器を片づけたリナは、両腕で頬杖を突きながら言った。
それにアリスが反応する。
「リナさんはもっと自信持っていいですよ、とっても美味しいですから。こんなに美味しい料理が作れるなら、魔王様の頭を突然はたいても許されるレベルです」
なんだその例えは。なんで俺が殴られるんだ。
「まあ、一発なら許すけどな」
正直それくらいの美味さではあった。
それを聞いたアリスはグルグルと腕をまわし始める。
「本当ですか? 行きますよ魔王様」
「おいちょっと待て。リナは許すが、お前は許さんぞ?」
「そ、そんな! 差別! 差別です!」
「……なら聞くが、お前はこんだけ美味い料理を作れるのか?」
「それとこれとは話が別じゃないですか!」
「まったく別じゃない。今まさにその話をしてるんだ」
そしてその話はお前がし出したんだ。
頼むから自分の言葉に責任を持ってくれ。
呆れてアリスから目を逸らした俺は、テーブルを挟んで座るリナがじっと俺を眺めているのに気が付く。
なんだ? ……もしかして俺の頬に料理がついてたりするのか?
そう思い指で頬をなぞってみるが、何かが付いていることもない。
「どうかしたか、リナ」
「あたしなら、頭を叩いてもいいのか?」
「お、おう……」
リナのやつ、まさかそういう趣味でもあったのか……?
そう真剣な顔をされると、軽はずみに認めてしまったのが失敗だったように思えてきたぞ。
ごくりと唾を飲み込む俺に、リナは言う。
「……じゃあさ、魔王様。手出してくれよ」
「手? 別にいいが」
何だ、案外何でもないお願いだな。
俺はテーブルの上に腕を伸ばした。
リナは俺の掌をまじまじと見つめ、ゆっくりと俺の手に自らの腕を伸ばしてくる。
そしてそっと、まるで初雪にでも触れるようにそっと俺の掌に触れた。
「これは……許してくれるか?」
「まあ、そうだな」
叩かれるのに比べれば、天と地の差だ。
許すも何も、まず悪い気がしないしな。
「魔王様の手、おっきいんだな」
「リナの手は柔らかいな」
俺とリナは二人で重なった掌を見つめる。
「……あたし、幸せだ」
「こんなことならいつでもしてやるぞ?」
「いや、それはいいよ。いつでもできたらいつかは普通になっちゃうだろ? ……これはいつまでも特別にしたいから」
リナは恥ずかしそうに上目遣いをしながらも、しっかりと俺と目を合わせて告げる。
なんだコイツは。天使じゃないのか?
「~っ!」
アリス、鼻血を出すんじゃない。
部屋の端に隠れても見えてるからな。
お前は対照的に、とてもヴェルキリーとは思えん残念ぶりだよ。
手をくっつけていたのを離し、リナは席を立つ。
元々の用事は食事を披露してくれることだったし、それが終わったから帰るということだろう。
「前のゲーム大会みたいなの、またできたらいいな」
帰り際、扉の前でリナがぽつりと呟いた。
「そうですね」
「俺は不参加だったけどな」
「あ、魔王様拗ねてます? 拗ねてます? ぷぷぷー」
アリスは俺を指差して小憎たらしい笑みを浮かべる。
コイツは本当に性根が腐ってるよなぁ。……逆に褒めてみたらどうなるんだろうか。
「アリス、あの時は俺を心配してくれてありがとな」
「そ、それはその、違うといいますか……いえ、違くはないですけど……あーもう! 魔王様うるさいです!」
理不尽すぎるだろ……。
「今度はさ、魔王様も一緒になんかできたらいいよな」
「そうだな。俺も皆でワイワイしたいし。だけど、予定がなぁ……」
俺は腐っても魔王である。予定が丸一日空いている日はそこまで多くない。
それに幹部たちの予定も重ねると、それらが揃うときは滅多にないのだ。
「先のゲーム大会は深夜にむりやり強行したようだが、その結果アリスは寝坊したしな。業務に支障が出るのはよくない」
「そ、それに関しては素直にすみません」
アリスが頭を下げてくる。
責めるつもりはなかったのだが、結果として責めたような言い方になってしまっただろうか。そこは少し反省する。
「そっか、予定があわなきゃできないもんな。ちなみにあたしは結構スケジュールの融通効くから、何が催し事があるってなったら絶対呼んでな! ハブっちゃ嫌だぜ?」
「もちろんだ。お前も立派な魔王軍の幹部、つまり俺の大事な大事な家族の一員なんだからな。リナこそ何か悩みがあったら言えよ。俺はお前の力になりたい」
俺はリナの手をギュッと握る。
すると、リナの肩がビクリと跳ねた。
「~っ!」
「わ、悪い、痛かったか?」
「……不意打ちは卑怯だろ」
「? 何の話だ?」
真っ赤な顔で睨んでくるリナ。
だが、意味がよくわからない。
「な、なんでもない! あ、あたしもう帰ることにするぜ! じゃあな魔王様、アリスさん!」
リナはズーズーと胴体を引きずりながら、蛇の身体を器用に操って帰って行った。
「どうしたんだリナのやつ、あんなに慌てて」
「魔王様は女たらしですねぇ」
「何の話だ!?」
どっからそんな話が出てきた!?
「にしても、今日は暇ですね」
アリスが告げてくる。
たしかに今日はリナが訪れてくる以外予定もなく、書類関係もそこまで量は無い。
「うむ、暇だな。この先の予定はどうなってる?」
「この先ですか?」
アリスはパラパラと黒い手帳を捲る。
そして視線を左から右へと動かした。
「えーっと、一週間後まで何もありませんね」
「凄い暇だな」
「凄い暇ですねー」
いくら時期によって忙しさが変動するといっても、こんなに暇になることはそうそうないのだが。
こんなこともあるんだなあと俺が感心していると、「あっ」とアリスが手を鳴らした。
「魔王様、これはチャンスじゃありませんか?」
チャンス? それはどういう……ああ、さっきリナが言っていた話か。
「なるほど、たしかに今なら全員の予定を合わせられそうだ」
一週間もあれば、全員が予定が会う日もあるかもしれない。
いや、きっとあるはずだ。
「そうと決まれば、何をやるか考えないとな」
「うーん……それは皆で考えましょう。幹部の皆さんを集めて、どんなことをやりたいか話し合ってみるのはどうでしょうか。皆さんお忙しいでしょうから全員は集まらないと思いますけど、私たちだけで決めるよりいいはずです」
「そうだな。じゃあ早速、集まれそうな幹部たちを招集してみるか」
口の端が無意識のうちに上がっていくのを感じる。
なんだか楽しくなってきやがったぞぉ!




