13話 魔王に足る心身
俺はグラウンドの端に立ち、戦闘部隊の訓練を見守っていた。
今日はタウロスに呼ばれて戦闘部隊の訓練に邪魔しにきたのだ。
なんでも特訓の成果を見てほしいという話らしい。
やる気があるのは良いことだと思う。
今は平和な世だが、いつ非常事態が起きるかはわからないからな。
俺は魔王の名を冠しているが、魔物は統制の範囲外だ。
俺の統制範囲はあくまで魔族。魔物は意思疎通ができないので、従えることもできない。
魔物が暴走した際にはそれを止める武力が必要になる。
考えたくはないが、魔族が反乱を起こした場合にも同様だ。
そういう時のために、戦闘部隊のタウロスたちが力をつけていくのは俺としても嬉しいことだ。
「で、お前はなんでいるんだ?」
俺は隣のヴァンパイアに尋ねる。
面倒くさがりのヴェルレアがわざわざここまで出て来るなんて、天変地異の前振りじゃないか?
「タウロスがの、今日の訓練に付き合えばお金をくれるというんじゃ。それは妾としても来るしかないじゃろう」
意外と現金なやつだな。
「クフフ、そして貰った金でリザヴトにいーっぱいお菓子を買ってきてもらうのじゃ!」
「『自分で買いに行く』じゃなく『リザヴトに買ってきてもらう』っていうところが最高にヴェルレアだな」
「なんじゃロード、褒めるでないわ」
「褒めてないぞ」
リザヴト、頑張ってくれ。俺はお前を応援しているからな。
訓練がひと段落したところで、団長のタウロスが俺たちの元へとやってくる。
「魔王様、アリスさん、ヴェルレアさん、おやようございますだああああああ!」
「相変わらずの大声じゃなあ」
ヴェルレアが顔をしかめながら、タウロスの斧をヒョイと取り上げる。
するとみるみるうちにタウロスは小さくなり、ヴェルレアと同じくらいまで縮んでしまった。
「ひっ、ご、ごめんなさい……!」
タウロスはうるうると涙目になりながら斧に手を伸ばす。
しかし手まで短くなっているので、飛んでいるヴェルレアまでは届かない。
それに気づいたタウロスはますます目に涙を溜めていく。
「よしよし。ヴェルレアは酷いやつだな」
「泣くでない、妾が悪いみたいになってしまうではないか」
「実際ヴェルレアさんが悪いですよね。人のモノとるのはどうかと思います」
「わ、わかっておるわ! ……うぅ」
おい待て、ヴェルレアまで泣きそうになるのは止めろ。
収集がつかなくなるぞ。
「ううぅ……」
「むぅぅっ……」
二人が泣くのを我慢しているような声を出す。
ここは保育園だったっけか?
「うぅぅ……返す、返せばいいんじゃろ! すまんのタウロス、妾がやりすぎた」
ヴェルレアがタウロスに「んっ」と斧を差し出す。
それを受け取ったタウロスの身体は再びむくむくと大きくなった。
……これってどういう構造になってるんだろうな。まあ考えるだけ無駄だろうが。
大きくなったタウロスはゴシゴシと目を擦り、涙を拭いて言う。
「声が大きくてごめんなさいだああああ!」
「その声まで大きいんだな……」
もうこれはこっち側が慣れるしかないな、うん。
グラウンドの中央、そこに立つは一人の銀髪幼女。
血を凝固させて出来た身長以上に長い鎌を肩に乗せ、幼女は不敵に微笑む。
「やるぞお主ら! 全員でかかってこい。それで丁度いいくらいじゃ」
すごいやる気出してるなヴェルレア。
傍から眺める俺はヴェルレアの様子を観察する。
タウロス以外の全員で向かっていく戦闘部隊を、銀の鬼は最小限の動きで華麗にいなしていく。
俊敏に動き、すれ違いざまに鎌で一撃加える。
まるで踊っているかのような美しい動きだ。
正直言ってヴェルレアの実力は一段抜けている。戦闘部隊の中でも相手になるのはタウロスくらいだろう。
「タウロス、お主も来い! 妾を倒してみせい!」
「わかっただ……! やってやるだああ! うおおおおおお!」
タウロスが斧をヴェルレアに振り下ろす。
ヴェルレアはそれを細腕で持った鎌で防いだ。
「力が付いたのぅ、タウロス」
「うおお、うおおおおお……!」
あの巨体のタウロスと同じ膂力とか、アイツは化け物か……?
いつもはやる気なさげな瞳も、今は真紅に妖しく光っている。
その顔には見た目にふさわしくないような狂った笑みを張り付けていた。
そんなにお金が欲しいのか……。とまあ、それは冗談だ。
アイツは元々少し戦闘狂のきらいがあるからな。
最初は面倒くさがっていても、いざ戦いになると――
「カッカッカッ! まだじゃまだじゃ! もっと妾を楽しませるのじゃ!」
――こうなる。
結局ヴェルレアは一人で戦闘部隊全員と互角の戦いを繰り広げた。
本当に恐るべき存在だ。
「ひっさしぶりに運動したのじゃ。気持ちがよいのぉ」
「はぁ、はぁ。つ、疲れただ……」
なんでタウロスたちの方が疲労してるんだろうな。
と、ヴェルレアが真紅の目を俺に向ける。
「何をしておるロード。お主もこい。妾が相手してやるわ」
「……お前は今まで戦闘部隊の面々と戦っていただろう。いくらなんでも俺を舐めすぎだぞ、ヴェルレア」
おそらくヴェルレアの中では俺の実力が幼いころのままで止まっているのだろう。
だが、今の俺は魔王として恥ずかしくないほどの実力を身に付けたと自負している。
万全の状態ならまだしも、疲労が溜まった状態のヴェルレアなら相手にもならないはずだ。
だが俺ももう大人。思慮深い発言でヴェルレアを諌めるだけに留める。
舐められたからといって激情に任せるなんて、子供のすることである。魔王たる俺のすることではない。
そんな思いで忠告したのだが、ヴェルレアはそんなことなどお構いなしにあかんべーをしてくる。
「やーい、泣き虫ロードがビビっておるぞー」
ぶちり。俺はキレた。
「……いいだろう、やってやる。貴様の時代は終わったのだと、この俺が直々に証明してやろう」
俺はヴェルレアを見下ろしながらグラウンドの中央へと歩む。
目の前のいけ好かないヴァンパイアを打ち倒し、俺は俺の実力を証明する。
「魔王様頑張ってくださーい、応援してまーす」
アリス、気が抜けるからやめてくれ。
数時間後。
戦いを終えた俺とヴェルレア、そしてタウロスたち戦闘部隊の面々は解散することになった。
「疲れたのじゃ……。妾はもう寝る。ロード、妾を保育園まで運んでくれ」
グラウンドに仰向けに寝転んだヴェルレアが言った。
胸が呼吸と共に上下している。
「なんで俺なんだよ……」
疲労困憊なのはこっちだって一緒――
「おねしょ」
「謹んで拝命させていただきます」
コイツ、俺を脅すつもりかよ!
おねしょしたことなんて絶対に知られるわけにはいかないぞ……!
「魔王様、おねしょというのはどういう意味ですか?」
先ほどのヴェルレアの発言を目ざとく聞きつけたアリスが俺に尋ねてくる。
コイツに興味を持たれると厄介だ。
ここは教えられないということを伝えて突き放すしかないか。
「国家機密だ、アリスが知る必要はない」
「国家機密なら、魔王様の側近の秘書である私にも知っておく義務があるかと。もちろん私を信用していないと言うことならば話は別ですが」
「……」
どうやら墓穴を掘ってしまったようだ。
たしかに国家機密ならアリスにも知る権利がある。
くそっ、ヴェルレアのせいでどんどん追い詰められていく……。
「……国家機密というのは嘘だ。だが本当のことは……言いたくない」
俺はそういうしかなかった。
すると、アリスはしゅんと俯いてしまう。
「私は信頼されていないんですね……」
「違う、そういうわけではなくてだな……」
どうしてくれるんだ、アリスが悲しそうな顔になってしまったじゃないか。
仲間をこんな顔にしてしまうのは俺の本意ではない。本意ではないのだが……真実を伝えるのも恥ずかしい。
「子供の頃十歳近くにもなっておねしょしてました」なんて言ってみろ。どれだけからかわれるかわかったものではない。
俺にはわかる。アリスは嬉々としてからかってくる、そういうやつだコイツは。
「まさか、魔王様がおねしょをしてるって話ですか?」
何だコイツ、鋭すぎるだろ!
しかもこのままでは俺が今でもおねしょをしている変態野郎になってしまう。真実よりも数段酷い誤解だ。
すぐに否定しなければ!
「ち、違う! 俺はただ単に他人のおねしょを見るのが好きだって話だ!」
……最悪だ。
咄嗟に誤魔化そうとしたら、尋常じゃなく変態としか思えない発言をしてしまった。
「あ、アリス。今のはその、冗談でだな……」
「控えめに言って最低な趣味ですね」
アリスは軽蔑を隠そうともしない目で言う。
うん、俺もそう思う。だけど誤解なんだ。
なんてことだ、もう終わりだ。
俺はもう人のおねしょを見るのが好きな変態として生きていくしかないのか……。悲しみしかない……。
……誰か俺を助けてくれ……。
「それは誤解じゃぞ、アリス?」
意気消沈していた俺を見かねたのか、ヴェルレアが口を出した。
「ヴェルレアさん? 何が誤解なんですか?」
「ロードは幼子の世話をするのが好きじゃからな。自分が世話をすることでで次代がすくすくと育っていく感覚が好きなんじゃと。おねしょの処理もその一つということじゃ。じゃろロード?」
「あ、ああ、そうだ」
俺は言われるがままに頷く。
それを見たアリスは、顎に手を置き考え込むそぶりを見せた。
「なるほど……。それならまあ、一応は納得ですかね」
おお、助かった……助かった、のか?
俺は変態として生きていかなくてもいいのか?
俺はヴェルレアに感謝の眼差しを贈る。正直拝み倒したい気分だ。
ありがとうヴェルレア、お前のおかげで俺はまだ魔王として生きていくことができる。
俺の目線に気づいたヴェルレアは、パチリとウィンクを返してきた。
「貸しイチじゃからな。借りを返したくば、保育園まで頼むのじゃ」
「ああ、助かった。ありがとうヴェルレア」
俺はアリスに聞こえないよう小声で感謝の言葉を贈りながら、ヴェルレアを背に乗せる。
……ん?
でも良く考えてみれば、ヴェルレアがおねしょとか言い出さなきゃこんな事態にはなってなかったんじゃ……。
「……なあ、ヴェルレア」
「くー……くー……」
背中を振り返ると、健やかに眠るヴェルレアの寝顔が間近にあった。
先ほどまで暴れまわっていたのと同一人物とは思えないほど、幸せそうに眠っている。
「……まあ、いいか」
俺はヴェルレアを背負って保育園へと戻るのだった。




