1話 魔王ロード
「ふぅ……」
柔らかいソファに身体を預け、たまった疲れを吐き出すように深いため息をつく。
俺はロード。第六十七代魔王、ロードだ。
魔王と言うからには魔族の王であり、つまるところ一番偉い……のだが。
「魔王様、こちらにいらっしゃたんですか! 早く来てください、魔王様がいないとどうにもなりません!」
魔王室の扉が勢い良く開けられるや否や、配下の魔物の切迫したような声が耳に響く。
またかっ! 俺は頭を抱える。
まったく、どいつもこいつも……。
配下の部下たちは少々……いや、大分変わっている。
そのおかげで唯一まともな俺が出張らなければならなくなっているのだ。
「……今度は誰が問題を起こした」
「アリス様が今朝から自室に引きこもってしまわれました。話しかけても返答さえありません。原因は不明です!」
今度はあいつか。
俺は頭痛を感じながら、両眉の間を強く揉む。
秘書の癖にいないと思ったら、またそんなことに……。
「……わかった。すぐに行く」
俺はもう一度ため息を吐きだし、黒のマントを翻しながら問題の場所へと向かうのだった。
魔王城の最上階から一つ下。この階にアリスの部屋はある。
俺がそちらへと歩いていくと、すでに部屋の前には狼狽えた様子の部下が何人か集まっていた。
「何があった」
俺は部下たちに簡潔に尋ねる。
するとその中の一人、リザードマンのリザヴトが自身の緑髪を撫でながら一歩前に出た。
相変わらず気障……というか、人間の言葉で言う「厨二病」な動作をするやつだ。
リザヴトは手で顔の半分を隠すポーズをとりながら、その口を開く。
「漆黒の饗宴」
「訳がわからん、次」
リザヴトはしゅんと俯き、一歩下がる。
俺は代わりに出てきた魔族から詳しい事情を聴いた。
事情を聞き終えた俺は、人払いをした部屋の前で一人立つ。
そして扉の向こうにいるアリスに向け言葉を投げかけた。
「なあアリス。聞いてるか?」
「聞いてません。聞いてます」
帰ってきた答えは矛盾したものだ。
だが、これには理由がある。
半神のヴァルキリーとして生まれ落ちた彼女は、生まれつき本心以外を言うことができないのだ。
正確に言うと嘘を吐くことはできるのだが、そのあとすぐに本心が出てしまうらしい。
しかも思春期に無理をして嘘を吐こう吐こうとするあまり、かなりの毒舌になってしまったという何とも言い難い経歴の持ち主だ。
「何しに来られたんですか? いい迷惑です。ありがとうございます」
「出てこい。怒らないから」
「……はい」
渋々といった様子で答え、アリスは扉を開ける。
そこにいたのは首元で切りそろえられた金色の髪をした、いつもどおりのアリスだった。
俺の目の辺りまで身長はあるものの、成長しきって尚未成熟に近い胸をしている。
「聞いたぞ。……お前ら昨日徹夜でゲームしてたらしいな」
「……はい」
言い訳は出来ないと思ったのだろう、アリスはゆっくりと頷く。
どうやら徹夜でゲームするのが、リザヴドの言うところの「漆黒の饗宴」だったらしい。わかるかそんなもん。
「今日も別に引きこもってたわけじゃなく、ただ寝てただけだな?」
「……」
「答えろ」
「……いいえ。はい」
そこでアリスは口を押えるが、時すでに遅しだ。
自白したアリスがどうするのかと見ていると、何故か頬を膨らましだした。
まさか開き直るつもりなのか?
「ああもう、ばれてしまいました! でも私は謝りませんからね! ごめんなさい! ……あっ」
アリスは頭を抱える。コイツバカだろ。
……にしても。
「俺が寝てる間に部隊長クラスほぼ全員で集まってゲームしやがって! ふざけんなよお前ら!」
「お、怒らないって言ってらしたのに! 魔王様の嘘つき!」
アリスは涙ぐみながら言い返してくる。
そんなこともう忘れたわ!
「怒るに決まってんだろ! 俺も入れろよ! 俺魔王だぞ!? 魔族のトップだぞ!?」
「あ、そのことですか」
アリスは急に冷静な声色に戻る。
「なんだ、何か理由があったのか? 理由によっては許してやっても――」
「魔王様はゲームが弱すぎるので嫌です。話になりません。これは私たち全員の総意です」
酷すぎる……。
しかも後からフォローがないってことは、今のは部下たち全員の本心なのか。もう俺の心はボロボロだ。
「お前たちはもう少し俺に対する敬意を持て」
「敬意なんて持ったことありません。そもそもあなた誰ですか? 尊敬してます」
言い終わってすぐに顔を赤くするアリス。
なんだ、可愛いところもあるんじゃないか。
「ふむ……ならいい」
「ち、ちがっ、違います魔王様! 私は別にあなたのことを尊敬なんてしてませんし、むしろ見下してます! 尊敬してます!」
必死に否定してくるが、最後の一言で台無しである。
「お前の気持ちはよーくわかった。尊敬してくれてありがとうな、アリス」
俺はニヤニヤしながらアリスに答えた。
面と向かって尊敬していると言われて悪い気はしない。
「うぅ……今度は本当に引きこもりたくなってきました……」
赤く染まった頬を隠す様に顔に手を当て、アリスは嘆く。
「駄目だ。寝坊した分、ちゃきちゃき働いてもらうからな」
「……わかりました、頑張ります。面倒くさいです」
「やる気出せ寝坊助」
まったく、コイツは……。
呆れていると、向こうの廊下から部下がこちらに向かって大声を飛ばしてくる。
「魔王様、ここにいましたか! 早く来てください、魔王様にしか止められそうにありません!」
どうやらまた誰かがどこかで何かをやらかしたらしい。
「俺、そろそろ過労死するぞ……」
「大丈夫ですか? 代わりに私が寝ておきましょうか?」
「意味が分からん」
コイツの思考回路はどうなってるんだ。
本当にヴァルキリーか? 思考が堕落し過ぎているぞ。
……と、そんな現実逃避をしていても始まらないか。
「……よし、行くぞアリス」
「はい、魔王様」
俺は黒いマントをはためかせ、次なる場所へと向かうのだった。