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オフトン落下紀行

 世界で一番睡眠時間が長い人って誰でしょう!

答えは私!聞いて驚け、ぐっすり23時間睡眠だ!

 と言ってもきっかり一時間だけ起きるとかそういうわけじゃない。数時間起きている時だってあるし、逆に二、三日寝てしまうことだってある。十分だけ起きてそのまま二度寝、なんてこともしょっちゅうだ。あんまり長すぎてむしろ寝ている方が正常なんじゃないかって思うときもある。いや、そんなことより、そんなことよりだ。今日もまた、目が、覚め、る……


「う、おああぁぁぁ、あっ……?」

 ガタガタ、がしゃん!

どこかから落下した気がして跳ね起きる。勢いよく叩きつけた足で埃が舞い上がって、げほげほむせる。でもなんてことはなかった。ほんとに気のせい。目が覚めるときはいっつもこうだ。言葉にしがたい、この感覚。落ちそうになって、身の危険を感じて体がビクッ、ってなって目が覚める。経験したことはおありだろうか。なんて心臓に悪い!それに、

「……また変わってるよぉ」

 昨日はまっしろふわふわのワンピースで眠りについたはずなんだ。お気に入りで、ちょっと肌寒いこの季節は最高なのに、今日は薄いシャツに短いスカートだ!寒くて耐えられない!いや違う違う。問題はそこじゃない。

 そう、お気づきだろうか諸君。

 目覚めたら服が変わってるなんてことに。

「んー……おはよう皆……」

「お早う可愛い人。今日も例のあれですか」

「んー、そう。めちゃくちゃびっくりするから勘弁してほしいよもー」

「お早うございます。早く解決法が分かれば良いのですが」

「ほんとだよねぇ」

 私には仲間がいる。同じ狭い平野で暮らす不思議な住人たち。共通点は、そのナマケモノやコアラに勝るとも劣らない睡眠時間。皆ずぅっと寝ていて、毎日似たような時間に起きだす。一日一時間の友人たちだ。

 いつも丁寧語で私に良くしてくれるのがロボ君1号と2号。二人とも大きいからだに小さい顔、左に盾を、右手にライフルの常に厳戒態勢の双子君だ。

「ジャーキング、というらしいぞその現象」

「あっ、はにわさんだー!おはようございます!」

「お早うございます」

「今お目覚めで?」

「うむ、仲間内でお前にだけ症状が出ている、というのは気がかりだからな。何かしら、考えなくてはな」

「ふぁーい」

 はにわさんはこの中で最年長の先輩だ。古風な喋り方で転がる台座を操る、よくわかんないけど尊敬されてる、変な人だ。

「お前と、一号二号と、他はまだか」

「他は、まだ」

「起きておりません」

「ふむ、ならば四人で先に始めるか」

 はにわさんを中心にして私以外が円形に座り込む。

「え、何を?」

「お前さんの『起きたら服が変わっている』なんていう不可解な事についてだよ。やはり皆で考えるべきだ」

 ん?私のこれってそんなに重要案件だったの?確かに不思議だし意味わかんないけど実害があるわけじゃないしまあいっかー、色んな服着られてラッキー!ぐらいにしか思ってなかった。

「だって寝ている間に服が剥ぎ取られているんですよ!?」

「そうです!あなたにはもっと危機感を持っていただきたい!」

 いつになくすごい剣幕で言いよる双子にたじろいでしまう。

「ええ……そんなこと言われてもなぁ」

「これ、二人ともやめんか。……お前さん、何もないとはいえ、これから先何かないという証拠があるわけじゃないのだ。だからこうして皆で議題にしておるのだ。いつも何ともないからとはぐらかすが、その話、詳しく聞かせてくれまいか」

 いつになく穏やかに、真っすぐこちらを見るはにわさん。その両隣で必死に危機感を自覚させようとする一号二号。……心配を、してくれてるのか。私は心配されてるんだ。他人の問題を共有しようとしてくれているんだ。

 大きな体を縮こまらせて三人の輪に入る。

「うん、今日はね……」

 私は今日はじめて『寝ていてガクッってなったら服が変わるやつ』について口を開くことにしたのだ。

 ―――

 このよくわかんない現象にはいくつか特徴がある。ひとつは、仲間の内で私だけ起きてる現象ってこと。起きる時必ず体がビクッってなること。寝相が悪いじゃ済まされないほど別の場所で目覚めること。敷き布に真っすぐ横たわっていたり膝を揃えていたり、嫌にきれいな姿勢で寝ていること。着ている服はローテーションしていること。でも前日や今まで着ていた服はどこを探しても見当たらないこと。

「なんなんだろうなぁこれは」

「我々にもいつか降りかかる出来事なのでしょうか」

「害がないとはいえ不気味です」

「浮遊感は生理現象だとしてもだ。服のほうがどうにもならんな。自然現象にしては筋が通らないし、かといって人為的なものとは思えん」

「我々以外には誰もいませんし」

「そうねー」

「真意も汲み取れません」

「わかるーわかるにょー」

「うん。物理的に変化してる服のほうが重要だよ、ね……?」

 なんか、二人増えてる。

「難しい話は終わったにょ?」

背後から、アクロバティックに三回転を決め華麗に登場したのと、不機嫌そうに歯ぎしりしてるのが増えていた。

「うさ子ー!……と、がま口子さん」

「なんでアタシはおまけみたいな扱いなのよ!」

「おはにょー姫子チャン!小難しいことしてないでこっちで遊ぶにょ!」

 ぱっちりくりくり隻眼のうさ子は毎日元気な私の大事な遊び仲間!がま口子さんはすっごく大人な人だけどうさ子に「ババア」って呼ばれるとめちゃくちゃ怒る。私はそのことを聞いちゃいけないことになってる。なんでだろ。

「おはよう。今起きたわ」

「お早うございます。今日は例のことについて意見交換を」

「あなたからも何か言ってください。この人、まるで危機感がないのです」

「ガキには勝手に言わせとけばいいでしょ……アタシも参加したいとこだけど生憎今日は起きてられそうにないわ」

「もう眠いの?まだ三十分しか経ってないよ?」

「たまにはこういう日もあるわよ……あんたもこのお節介焼きの話なんてほどほどにしときなさいな。馬鹿真面目が移るわよ」

 大きくあくびをするとすたすた元の場所に戻っていってしまった。今日のあの人は『二度寝』らしい。

「そうそうそんな難しー事は大人に任せればいいにょ。姫チャンは私と遊んでればいいんだにょん」

あんまり平然と言うものだから私はびっくりしてしまった。遊ぼ遊ぼと考えなしに言う子かと思っていたらそうでもなかったっぽい。

でも当事者が放っておいて遊びに行くわけには……

「でもさー……あれ、はにわさん?」

 リーダーが何も苦言しないとは珍しい。

「返事ないにょん」

「あっれー、おーい……」

 一号二号を避けて近寄って、つっついても反応がない。ただのざらざらとした土気色だ。

「もう寝ちゃったか」

「でもいつもより早いにょ、まだそんな、時間、じゃ、な、い……」

 うさ子がふらついたかと思うとゆっくりと円を描いてばったり倒れ込んでしまった。

「どうしたのですか」

「ん、うさ子も寝ちゃったっぽいなぁ」

 今日はみんな寝るの早いなぁ。

一号がライフルの先っちょでつついて二号が盾の縁でころころといつもの場所に戻してあげる。

「どうやら今日は皆入眠時間が早いようですね」

「我々も何故か今日は限界が近いようです。あなたも今日はもうお休みになられては」

「えっ、もう寝ちゃうの!?」

 言うが早いか二人は長い睡眠に向けていつもの戦闘態勢をとってしまう。私たちがいつもの場所に戻るのは、部屋の電気を消して、お布団に入って目をつぶる事と同義だ。

「あれだけ寝ていても我々は睡眠欲には逆らえませんよ」

「それにきっと明日は話せる時間が増えますから」

「もう数秒で意識が落ちますから、あなたもお早めに」

「では、また明日。おやすみなさい、可愛い人」

「えっ、あっ、ちょっと!?嘘っ!?」

 そう言うだけ言うと銃口をこちらに向けたままピタリと静止してしまった。後には平野の外でびゅうびゅう唸る風音だけが残ってしまった。

「うそん……」

 ぺたん、とその場に座り込んでしまう。せっかく久しぶりに眠くないのに。残念無念にも程がある。

「……今日はみんなとたくさん話せると思ったのになぁ」

 けらけらと笑って返事してくれる仲間たちはみんな寝てしまった。そういえばいつも早寝していて自分が最後の一人になるのは初めてだった。いつもははにわさんかがま口子さんが最後に残るって二号が言ってたっけ。

 とたんに悲しくなって、目もしょぼしょぼする。言われた通り今日は早く寝ようかな、それとも起きてみんなを眺めていようかな、なんて考える。

「……きゃっ!?」

 地面が、跳ねたぞ!

 縦に、横に、ぐらぐら、ぐらぐら振り回される。私の寝てるときガクッってなるやつとは比べ物にならないくらい、揺れて、揺れて、揺れる。遠くの背景だと思っていた透明な筒やカラフルな棒が崩壊していくのを横目に見た。

 これって今日初めて起きたことなの?それともいつも起きてることなの?はにわさんは、1号二号はこのこと知ってるの?何か異変があったら皆はどうしてたの?わかんない、わかんないよどうすればいいの

「……っそうだ、皆を!皆を起こさなくっちゃ……!」

 とりあえず一番近場にいた一号二号の肩を掴んで呼びかけてみる。起きない。うさ子もちょっとやりすぎかなってぐらいはたいて起こす。……起きない。はにわさんも、がま口子さんも起きない。ただの置き物みたいにうんともすんとも言わない。皆眠りが深いから。私だって。考えてみれば23時間の途中で目が覚めちゃうなんてことは一度だってなかった。そんな話も聞かない。このままあと23時間、寝たままってことは十分あり得る。むしろその方がしっくりくる。どうしよう、何か、何か……

「私しかいないんだから、皆を守るんだ……?」

 ぐっとまぶたが重くなる。体が勝手にスリープモードに移行する。一時間、経っちゃったんだ。

 せめて何か。睡魔は自分じゃどうにもできないから。うさ子を抱きかかえて、一号のライフルをはにわさんの台座に引っかけてこっちに引き寄せ、足を目いっぱい伸ばしてがま口子さんもなんとかこっちに抱き寄せる。皆がなるべく隠れるように覆いかぶさる。目が閉じる前に私ができることなんて、これしか、な、い

「……ぐぅ」

 天井がぱらぱら落ちてきたって、地響きがずっと続いてたって、今日も皆で23時間。おやすみなさい。


 ―――


「ただいまー……って、姉さん何であたしの部屋いるの」

「おかえり。いやあんたの漫画読んでたんだけど七巻が見つからなくってちょっとばかし家探しを……」

「や、家探しぃ?」

 あたしは物が捨てられない性格で、工作が好きで、片づけられなくて。だから自然と机の上はいつも物が山積みになってる。工作の材料やら、紙束やら、毛糸、革、目打ち、カッター、塗料……

 そんな机をむやみに引っ掻き回したら。どうなるかなんて決まっている。

「よっと」

 一番下の、分厚いゲームの攻略本を引っこ抜かれてギリギリバランスを保っていた本の山がばさばさと音を立てて派手に崩れていく。たちまちドミノみたいに周りの教科書やなんかも巻き込まれて足の踏み場もなくなる。

「うわああぁぁぁ!?何すんのさぁぁぁ!?」

「片づけないお前が悪い。……ちぇっ、これじゃなかった。さて次は……」

 隣の山に手を付けようとする姉君を必死で羽交い絞めにする。この時のあたしの顔はどんな酷い顔だったろうか!

「やめ、やめて!七巻は私が探すから!場所分かってるから!持っていくから!私の机荒さないで!壊れやすいものとか高いものとかこぼしたらまずい液体とか!!山ほどあるの!!」

「もう荒れてるのに……?」

 カバンをベッドに投げ捨てて卓上の救出作業に向かう。……良かった。インクはこぼれてないし、細かいパーツのあるミニチュアやガラス製の置き物も無事だ。

「はぁ……これでもし壊れたらどうしてくれるつもりだったの」

「そのガチャガチャのおもちゃが何になるんだ……」

「いっ、いいじゃん別に」

 最近のガチャガチャは面白いのもたくさんあって出来もいいんだよ、と言おうとして口をつぐむ。収集癖を理解できない人というのはどこにも一定数いるもので、姉もその一人だったことを思い出した。

「その通販で買った……人形?も目が怖いしさぁ……もう秋だってのに夏服だし、もうちょっとあったかそうな服着せてやったら?」

「い、いま冬服作ってるところだし……」

「そこらへんの金具とか、一年前も見たよ」

「材料が揃ってないだけだもん」

「そこの毛玉も、あれなんなの」

「毛玉言うな!ちゃんと編みぐるみにするし!っていうか漫画見つけたら持っていくから出てってったら!姉さんがいたらまた部屋荒らすでしょ!」

 反論させる間もなく部屋から押し出してドアを閉め、念のため京都産の木刀でつっかえを作っておく。

「……はぁ」

 まるでここだけ地震に遭ったみたいに物と物が散乱しまくっている。大量のプリントを掻き分け、散らばった色鉛筆をまとめて、本の山をそうっとどかして、会いに行く。

「あ、いた」

 心配の種のフィギュアたちが人形の下敷きになってしまっている。幸いどこも折れたり傷ついたりはしていないようで、ほっとする。それぞれ丁寧に埃を払ってから定位置に戻して。人形も髪をとかして、スカートの形を整えて、手を揃えてあげて。背筋伸ばして手はお膝、だ。

「……うん、うん。これでいいよ。可愛い人」


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