大和撫子と桜
学校では全員デバイスをローカルネットに接続する決まりである。
これはテストでのカンニング防止対策や学校関係者のみしか閲覧できない書類などを閲覧可能にするためである。
そして学食の食券もローカルネットに接続しないと購入できないシステムである。
東京第一高校二年の風見鶏 翔也は、いつもであれば朝礼の前に食券を買っているのだが、今朝はいろいろあって2時限目から慌てて授業に参加したので、昼のチャイムまで自分が食券を買っていなかったことに気づかなかった。
いつものように一階の食堂に向かっていた翔也は、ふと自分が食券を買っていなかったことに気づき、慌ててローカルネットから食堂メニューリストを開いた。
数量限定、人気の食券は朝にはすでに売り切れてしまう。
案の定、カレーやうどんは選択できないようになっていた。
唯一残っていたのは、デザート類と健康定食。
さすがに、チョコパフェで午後を乗り切る自身もなかったので、ため息交じりに健康定食を購入した。
食堂のドアを開ける。
入ると、両側に端末の情報を読み取るセンサーがあり、端末に記録された食券の購入情報が読み取られ、厨房のモニターに映し出され、それを食堂のおばちゃんが作るというシステムである。
実際は事前に作り置きしておいて、ただそれを出すだけだからどんなに混んでいても、5分程度で食事にありつける。
そのまま、生徒が列をなしてる最後尾に並び、自分の順番を待つ。
そのまま少し電子書籍を読んできればあっという間に自分の番だ。
おばちゃんが元気よく
「健康定食お待ち!」
と大きな声を発した。
周りがすこしどよめく。
そりゃそうだ、健康定食なんて本当に年寄りが食べるようなものばかりだ。
年寄りという表現はあまり好ましくないかもしれないが、少なくとも食べ盛りの学生が好むような料理ではない。
まあ予想がついていたとはいえすこし恥ずかしい気持ちになり、他の視線を気にしながら一番奥の右角に座った。
それと同時に友人で教室では前の席の菅野純一が前の椅子に腰を下ろす。
一瞬ドキッとするも、いつも昼は二人で食べているから当たり前といえば当たり前か。
菅野は目の前に置かれた健康定食に一瞬目を落とすも、何もなかったように視線を自分の注文した唐揚げ定食に向け、箸を取って唐揚げを一つほおばった。
翔也も味噌汁を一口すする。
少しの沈黙。周りの話し声や笑い声。独特の食堂の雰囲気が流れる。
「遅延?」
唐揚げを飲み込んだ菅野が翔也に話しかけてきた。
端的で話のいとも明確だ。
「いやちょっと私用で」
さすがに朝起きたら少女がいて、すったもんだしていたら遅刻したとは言えない。
かといって遅延だといっても調べたらすぐばれる。一番都合がいいのは私用でと答えることだ。
「あ、そういえば」
翔也はひとつあることに気づいた。
菅野は情報技術学科でネット関連はかなり詳しい。
「菅野、AIって入ってる?」
一瞬びっくりしたようなそんな表情を向け、すぐにうんうんと納得したようにうなずいた。
「そうかそうか」
「え、なにが?」
「いやいや」
「なんだよ、気になるじゃん」
菅野が何を納得したのか理解できず聞き返す。
「いや、ついに翔也もAIに興味もったのかと」
確かに今朝の件でAIに興味?を持った。しかし、菅野が考えているそれとは明らかに違う。
「で、入ってるの?」
少し気に障ったものの、そこでいちいち反応していては話が進まない。少し強引ではあるがもう一度最初の質問をした。
「入ってるよ、ちょっと待ってみ」
指を宙でスライドさせる。視界に映るコマンドを操作するお決まりの動きだ。
少し待つと翔也の視界に共有開始の文字が現れる。
「押してみ、俺のAIが視認できるようになるから」
翔也は共有開始のボタンを押す。
すると目の前に桜の花びらが舞い散り、着物姿の少女が現れる。
身長は130センチくらい、ショートボブで黒色の髪に、きんいろのかんざしを付け、目鼻立ちはしっかりとしていて、顔は小さく、見た目は12才位の容姿だ。
そして着ている着物は白色を基調としワンポイントにピンク色の桜の花びらが描かれている。帯も着物と同じ桜模様で、足元を見れば着物によく合う下駄をはいている。
少し幼い印象を受けるが、それはまさに大和撫子を体現しているような姿であった。
っと翔也は思った。
「初めまして、菅野様の専属AI小春です」
その少女、いや、小春と名乗った彼女は深々と丁寧にお辞儀をしながらそう自分を紹介した。
「こちらこそ初めまして、菅野の友達の風見鶏です」
反射的に答えた翔也を見て菅野が苦笑する。
「どうだ、うちの小春は?可愛いだろ」
自慢げに尋ねる菅野。
「そんな菅野様、からかわないでください」
照れながらほほを赤らめる。
「容姿だけじゃない!朝はいつも起こしてくれて、朝食の時間は一緒に雑談に付き合ってくれる。授業はわからないことがあれば教えてくれるし、昼休みは一緒にお昼寝、夜は一緒に晩御飯食べて、一緒にお風呂入って、風呂上がりにコーヒー牛乳を一緒に飲んで、一緒にテレビ見ながら、眠くなったら一緒に寝る。この間課題で徹夜してた時も寝ないでずっとそばで見守ってくれたし、悩み事があれば相談に乗ってくれる。俺はさあ、小春に巡り合えて幸せだよ。ありがとう」
小春の目を見つめながら話す菅野の目は真剣そのものだった。
「いえいえ、私が好きでやっていることですから」
小春もしっかりと菅野を見つめそう答えた。そしてその瞳はうるんでいた。今にも涙を流しそうに。
「小春・・・」
「菅野様」
「ん、んん!」
小春と菅野の顔がお互いに近づき、今にも唇と唇が重なるであろうその時に翔也が咳ばらいをした。
「おっと、そういえば共有中だったな」
と苦笑いをする。
「すいません風見鶏さん」
小春は慌てて頭を下げる。本気で二人きりの世界に入っていたのだと翔也は思った。
「ま、まあ仲のいいのはよく伝わったよ」
そう翔也は答えたが、顔は引きつっていた。
「すまんな、話がそれて」
「いや、でもそのなんか凄いなAIって、今までパブリック用AIしかかかわったことなかったから気づかなかったけど、プライベートAIってそんなに意思疎通ができるんだな。まるで人間と同じだ」
菅野と小春の仲の良さに、少し引き気味の翔也であったが、それと同時に関心もしていた。なんせ、彼女は人間ではなく人工知能なのだから。
「んん、なあ翔也、人間とAIって何が違うと思う」
菅野は翔也に質問を投げかけた。
違い、そりゃ人間か人工知能かだろ。一瞬そう思ったがおそらく菅野が聞いていることはそういうことではないだろう。
翔也は考える。
しかし、少し考えただけでは思いつかない。
しばらく考える。
「・・・」
しばしの沈黙。
そうだ。
「しいて言うなら、実態があるかないか・・・かな」
そう翔也が答えると、菅野がうんうんと今回二度目のうなずきをする。
「その通りだよ。さすが俺が見込んだ男。完璧な答えだよ」
「そりゃどうも」
反射的にそう返す。
「結局実態があるかないか、それだけの差しか今の時代はないのさ。」
考えれば確かにそうかもしれない。今や世界中のネットワークに端末一つでアクセスでき、現金も持ち歩くことなくすべて電子決済になった。それだけじゃない、街中には車が空を飛び、日常の買い物はすべてネット、買ったものも国内の物なら30分でドローンが届けてくれる。
こんな時代、AIが人間と変わらない存在になっていても全然不思議ではないのかもしれない。
「おっと、もうこんな時間か。さっそと食べないと授業に遅れる」
菅野の言葉に翔也は視界の右上にある時刻を表示したレイヤーを見る。
そこには12:50を示していた。
「ほんとだ、やばい」
急いでお互い残っていた料理をかき込む。
「共有も切らないとな」
菅野は小春のほうをタッチする。すると共有解除のボタンが現れ、菅野はそのボタンを押す。
また桜吹雪が舞い散る。
「では、また改めてお会いしましょう。」
小春は丁寧にお辞儀すると、桜吹雪の中に消えていった。