彼女の正体
ALL。このイヤホン型通信端末は2034年、株式会社リンクプランにより開発され、爆発的にヒットし2040年現在一人一台が当たり前の時代となっていた。このイヤホン型通信端末は、つけただけで端末から脳に直接情報が送られ、誰もが簡単にネットワークにアクセスできる。また、応用技術により拡張現実やVR空間を端末を付けただけで、視認することができるようになっていた。
だが、脳に直接情報が送られるため、ハッキングという新たな問題が同時に浮上するが、この端末と同時にDELETEというウイルス対策アプリもリリースされたことによりこの問題は解消した。
今までのウイルス対策アプリは、何かしらのセキュリティーホールがあり、そこを突破されればハッカーの自由自在だった。しかしこのDELETEはリリースされてから6年、いまだにセキュリティーホールが見つかっていない。一部では、このDELETEのセキュリティーホールを見つけたら、報奨金1億という噂もあるが、これは定かではない。
そしてこのALL、DELETEのおかげで近年通信端末の会社、セキュリティーの会社が相次いでつぶれ、生き残った会社はリンクプランに吸収され、現在はほとんどの企業が消えてしまっていた。
ALLは基本的には24時間つけっぱなしのひとが多い。
だが、イヤホン型だ。ちょっとした衝撃があれば落としてしまう可能性がある。
まさに今現在、配線に躓き盛大に転んだ翔也も端末が外れてしまっていた。
プツンと映っていたAR空間が消え、部屋とものだけの空間に戻っていった。
そして同時に彼女の姿も消えたのである・・・
彼女・・・というのは先ほど起こしてくれた、記憶喪失の女の子である。
「え・・・」
翔也は一瞬目を疑った。
今日は驚くことばかりだ。
見ず知らずの女の子に起こされ、その子は記憶喪失で、急に視界からいなくなる。
今までのことがすべて夢であり、今起きた。
そう思いたかったが、それを納得するにはあまりにも今までのやり取りの印象が大きかった。
となれば彼女は正体は・・・もしかして
端末を付けているときは視認でき、外した途端視界から消える。
少なくとも人間ではない。
つまり今現状最も可能性があるのは・・・
「AI」
翔也はぼっそとつぶやいた。
突っ伏した状態から起き上がり、テーブルの下に転がっていったALLに手を伸ばし、手にしたALLを自分の耳につける。
その瞬間視界が先ほどAR空間に戻り、展開していたレイヤーが表示される。そしてAI、いや白のワンピースに黒髪ロングの少女が視界に入ってきた。
「君は、AIだったのか」
「そう、みたいだね」
彼女自身も今まで気づいていなかった、そんな反応だった。
そうなると、いくつかの疑問に直面する。
1、いつダウンロードしたのか。
2、記憶喪失は設定なのではないか。
3、AIにここまでの対話が可能なのか。
まず、1の疑問だが、それは履歴を見れば一発でわかる。
翔也は左下にあるスタートアイコンを押し、数あるリストからダウンロード履歴を開く。
彼女が画面上に現れたのは今朝がた。
昨日寝る前までは、彼女の姿がなかったとすると、ダウンロードしたのは寝ている間。
昨日今日で新しくダウンロードしたものはない。
とすると、先頭に表示されるはずである。
そう、翔也は思っていた。
しかし、ダウンロードリストには学校から交付された新しい教材データが先頭に表示されていた。
ーーーおかしいーーー
履歴から消したのか。
翔也はひとつ前のレイヤーに戻り、検索バーを表示する。
検索バーからAI専用の拡張子である.artiを検索する。
「一致する検索結果がありません。」
ーーーおかしいーーー
履歴にもなく、端末内にもない。
翔也は考えるだけのものを試したが、それらしいデータは見つけられなかった。
そうなると、2の記憶喪失が設定であるのも確認できない。なぜなら彼女が何者であるのかわからなければ、ネットで調べようもないし、彼女に聞いても記憶喪失なのだから、わかりようがない。
3のAIにここまでの対話能力があるのかも今の状態では確認のしようがない。
これでは彼女がAIであるかどうかも怪しくなってきた。
せっかく彼女の正体をつかんだかと思ったが、結局振り出しに戻ってしまった。
「あの・・・私・・・」
彼女は不安そうに上目づかいでこちらに視線を向けた。
そのあとは何となくだが想像がついた。
(AI・・・いやこの表現は正しくないか。彼女はデジタルのデータで、データであるならいつでも消せる。だから自分は消されるんじゃないかと考えているかもしれない。まあ、肝心のデータそのものが見当たらないから消しようがないんだけど)
翔也は少し苦笑しつつも、彼女の目をしっかりと見ながらこう答えた。
「このまま、ここにいていいよ」
すると、彼女の表情がぱーと明るくなり、
「不束者ですが、これからよろしくお願いします。」
そう、彼女は答えた。