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待ち人

作者: 天音

貴方は誰かを待った事はあるだろうか?

10秒でも1分でもいいし、1時間でもいい。

いや、3時間。

1日も待った。

いやいや、もう1週間も待っている。

様々な人がいるだろう。

この物語はそんな待ち人である、一人の女の物語である。


極一般的な細い街の一角。

都会らしいと言えば都会ではあるが、田舎と言えば嗚呼そうか。と納得出来てしまう中途半端な町並み。

散歩がてらに軽く足を運べば未だに町の駄菓子屋さんがお目見えするような町だ。

そんな町中にある極一般的な十字路。

別に何か曰くつきとかではない。

もちろん、ここで告白をすると両思いになれる。

なんて伝説の十字路みたいな迷信も無い。

その十字路のすぐ側にある電柱には数個の外灯がその生命を惜しむかの様に不穏なリズムでチカチカと点滅を続けている。

焦燥感すら駆り立てる様な眩さだ。

まさにいつ終えてもおかしくない古めかしさがある。

女はその十字路にあるヒビ割れた石垣の塀に背中を預けながら何を考えるでも無く横目で外灯を眺めていた。

その表情は今まさに悲しみに暮れているとか、絶望に打ちひしがれている。なんてことは無く。

あまりにも無表情であった。

当てはまるとしたら虚無感、であろうか。

きっと誰かを待っていたのだろう。

最初は期待に満ち溢れていたのだろう。

しかし、そんな女を世界は無慈悲にも見捨てたのかもしれない。

右手に持っていたであろう鞄は力無く地面に頭を垂れ、潰れかけた木綿豆腐を連想させる。

色は元々赤色、又は朱色であったのだろうが月日を経て赤黒く染まっていた。

首元に目を見やるとベージュ色のスカーフが巻かれている。

これももしかしたら元は黄色、ないしオレンジ色のスカーフだったのかもしれない。

つまるところ、女はひたに待ち続けていた。

待ち人なのである。


外灯がチカチカと点滅を続ける中、女の口端がかすかに横につり上がった。

笑った為に口角が上がったのではない、それは目を見れば分かる。

目からは喜びの感情どころか、虚ろな世界しか見えていないのを有り有りと告げていた。

もしかしたら、過去の輝かしい思い出に想いを馳せているのかもしれない。


女には確かに待ち人がいた。

もう何年前かは定かでは無い。

思い出は風化し、ベタかもしれないが背景はセピア調へと変容していた。

その思い出の中で女は少女だった。

少女は一人の男の子と毎日毎日遊びつくしていた。

毎日というのは比喩では無い。

事実だ。

別にこの十字路だけで遊んでいたわけでは無い。

数メートル歩いた先には決して大きくは無いが、公園がその存在を露わにしていたし。

その十字路から公園への方向ではなく反対の方向へ歩けば町の駄菓子屋さんがおいでおいでと手招きをよくしていた。

駄菓子屋さんの店主は当時ではいくつなのか検討も付かなかったが今ならだいたい予想は付く。

50代くらいの女性だったはずだ。

今の自分の年齢を考えれば、その女性もすでに80歳は越えているのかもしれない。

最悪、すでに亡くなっていて今もある駄菓子屋はその子供やお孫さんが経営しているのかもしれない。

そんな悲しい現実は置いておこう。

当時はそこで駄菓子やジュースを買ってから公園で遊ぶのが常だった。

とても素晴らしい思い出だ。

まさに幸福だったと言って差し支えないだろう。

特に少女が好きだったのはきなこ棒だ。

買ったその場で口に運び一口で平らげる。

たまに粉が器官に入ってしまい咳き込む事もあった。

口から粉を吹くのならまだいいが、鼻から粉を吹き出した時にはもう笑いしか起こらない。

そしてゆっくりときなこ棒についている爪楊枝を引き抜くと赤い印があるのだ。

その赤い印がとても好きだった。

当たりの印だ。

当たればきなこ棒がもう一本無料で貰える。

子供からしてみたらまさに幸福と言っても間違いは無いだろう。

とは言っても、その赤い印が無い事の方が多いと言えば多かったのだが。


少年の方はきなこ棒では無く、何故かすもも漬けが好きだった。

子供時代からすもも漬けが好きというのは恐らく珍しいのでは無いかと思う。

そのすもも漬けを少しずつ味わうように食べ、最後には汁まで全て飲み干してしまっていたから驚きだ。

明らかに酸っぱそうな顔をしていた思い出しか無いから確証は無いが、本当に好きだったのか疑問にすら思える。

そんな輝かしい思い出があった。


いつからだろう。

その少年とは会わなくなってしまった。

中学生になってからなのか。

高校生になってからなのか。

もしかしたら大人になる直前まで会っていたのかもしれない。

だが、どんなに後悔をしようとも。

思い出を振り返っても現在という時間が変わるわけではない。

女は無意識に涙を流していた。

表情はあいも変わらず口角だけが微かにつり上がった状態で目は笑っていない。

ただ、思い出が目から溢れてくるのだ。

そんな女を時々通りすがる人々は不審な顔をしながら素通りする。

当たり前だ。

他人から見たら、女はまさしくホームレスと言う言葉がしっくり来る。

そんな女に誰が手を差し伸べようか。

もし差し伸べるとしたら、それは思い出の少年や成長した青年では無い。

邪な気持ちで近づく偽善者か変質者、同類と言って差し支えないホームレス。

もしくは警察、公の機関であろう。

現実はそんなものだ。


女は無表情のまま泣きながら想いを反芻する。

楽しかった思い出を。少年を。

そのボロボロになった身体は次第に自由が効かなくなる。

すでに心身ともに生きていはいるが、死んでいると言っても過言では無かった。


思い出の少年は、その思い出の中で少女と華やかな子供時代を満喫していた。

まさに幸福だった。

幸福と実感はしていないがまぁそんなものである。

幸福は幸福を無くした後に嗚呼、幸福だったんだな。と、気付くものなのだ。

そんな少年と少女は、小さな町の小さな公園と小さな駄菓子屋さんが好きだった。

少年はすもも漬けを食べ過ぎて少女に不思議な顔をよくされたものだ。

少女に関しても、よくきなこ棒をむせながら食べ少年に笑われていた。

その際に飲む物を買うのだが、駄菓子屋で瓶ラムネを買う事にするか。

もしくは駄菓子屋から数メートル横にある自動販売機で買うかよく悩んでいた。

あいにく駄菓子屋にはコーラやサイダーが置いていない事が多かったのだ。

置いていない、というのは間違っているかもしれない。

置いてあるのはコーラドリンク、サイダードリンクという似て非なるものだったのだ。

コーラとコーラドリンク、サイダーとサイダードリンク。

分かる人からしてみたら全くの別物である。

故に瓶ラムネが飲みたい時は駄菓子屋さん。

コーラやサイダーが飲みたい時は自動販売機。

そう決めていた。

そんな少年と少女のやりとりが昔あったのだ。


少年は中学、高校と歳を重ね。

少女もまた、同じく歳を重ねていった。

二人の成長を見守る様に駄菓子屋さんも自動販売機も公園もそこにずっとずっと佇んでいた。

しかし悲しいかな、年齢を重ねれば重ねるほど、その思い出の場所に足を運ばなくなる。

他の友達との付き合い、勉強に部活、バイト。

遊ぶにしても大人じみてきた年頃になってまで、小さな公園では遊ばないだろう。

青年になった少年と少女は互いに別の遊び場を見つけ、そちらに入り浸る。

こんな事、あんな事。様々な事があった。

つまるところ、少年も少女もすでにそこに足を運ぶことなど皆無となっていたのだ。


最後に一つ、こんな話がある。

付喪神という神様がいる。

長年使い込まれ、愛された物には神様が宿る。

生命が宿ると。

ボロボロになった女は自動販売機そのものだった。

今では業者から中身の補充もされないどころか、そもそも電源すら入らない朽ち果てた存在。

もちろん誰かが掃除をしてくれるわけでも無い。

たまにレトロ好きな物好きが写真を撮りに来る事はあるが、それは例外中の例外。

基本は誰もが素通りし、そして皆心のどこかで思う。

嗚呼、まだこんな自動販売機があったのか。

取り壊すなり、回収したりしないのかな。と。


自動販売機の女はいつからか生命を持ち得た。

そしてどこで間違えてしまったのか、自分をその少年少女の少女に感情移入し過ぎてしまった。

その結果、まさに自分が少女だと勘違いをしてしまった。

この小さな素晴らしい世界を見過ぎたせいなのか。

こんな小さく素晴らしい世界に愛され続けたせいなのか。


自動販売機が生命を持ち、感情を得た事は果たして幸福だったのか不幸だったのか。

自動販売機はこれからも待ち続ける。

ずっと、これからも。

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