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ぎゅってして、ヴィクターさま。

 「まあっ!ご覧になって、ファドリック侯爵夫妻のなんて素敵なこと!」

 「本当ですわ!お互いの髪や瞳の色に合わせたお衣装で、お似合いのお二人ですわ!」


 入場したヴィクターとクリスティーナを見て、そこに集まるしん紳士淑女が歓声を上げ、賞賛やあるいは嫉妬の眼差しを向ける。


 「なんだか、すごく見られていますね。」 

 「きっと貴女を見ているのでしょう。今日の貴女は一段と美しい。」

 「まぁ、お上手。でも、貴方に見とれている人の方が多いわ。ほら、あちらの女性の視線なんて今にもわたしを刺し殺しそう。きっと貴方に憧れているのよ。」

 「でも、私はもう貴女という妻がいます。」

 「・・・貴女の真面目さはときどき口説き文句に聞こえるわ。だから、たくさんの令嬢が惑わされたのかしら。」


 まあそれは今更信じてはいないが。


 顔を寄せてひそひそ話をするその姿が、仲むつまじい夫妻に見えていることに気づかないファドリック侯爵夫妻なのである。


 「ファドリック侯爵、侯爵夫人、今日はようこそ。」


 柔らかい女性の声。


 「アメリア妃殿下。」


 声をかけてきたのは、今夜の主催者であるアメリア王妃だった。つややかな銀髪をゆったりと結いあげ、後れ毛の落ちる首筋に匂い立つような色香がある。優しげな顔立ち、ふっくらとした唇に薔薇色の頬。そこにいるだけで人々の視線を集める存在。今日もその美しさは絶大だった。


 「今日はお招きいただきありがとうございます、妃殿下。」

 「いいえ、クリスティーナと楽しんでいってね。」

 「はい。」


 アメリアとヴィクターが並ぶと、古代の姫と騎士のように絵になる。ちょっと面白くなくて、クリスティーナはヴィクターの袖を引っ張った。


 「姫?」


 ヴィクターが不思議そうに首を傾げる。


 「・・・あらあら、思っていたより仲がいいみたいでよかったわ。」


 意味深に微笑んでアメリアは次の客へと挨拶しにいった。


 

  ・・・・・・・



 ヴィクターと一曲踊ったあと、クリスティーナは誘われるがままに何人かと踊った。

 さすがに踊りすぎたと人混みを避けてバルコニーにでる。

 夜風が頬をなでる。


 「旦那様を探さないと。」


 くるっと会場に体を向けると、誰かがこちらに向かってきた。ヴィクターではない。


 「お疲れですか?どうぞ。」


 若い男。誰だったか、見たことはあるのだが思い出せない。彼はクリスティーナにワインを差し出した。基本的にはロゼしか飲まないのだが・・・。


 「ありがとうございます。」


 仕方なしに受け取った。赤ワインである。少しずつなら、何とか飲めそうだ。


 「ファドリック侯爵夫人ですよね、お会いしたかったのです。ここで会えるなんて幸運だな。」


 男が近づいてくる。思い出したかもしれない。確か、レオンハルトが言っていたはずだ。彼には気を付けろと、確か・・・。


 ふらっ、とクリスティーナの体が傾いた。


 「あぶない。大丈夫ですか?・・・少しあちらで休みませんか、私と一緒に・・・」


 腰に腕がまわった。頭がふらふらして、彼の手をはね除けられない。


 「や、やめてくださ・・・・」


 弱々しく身をよじった。


 「何をしている!」

 

 「くっ、ファドリック侯爵、これはですね、夫人の具合が悪いみたいで・・・」


 言い訳も拙いものだ。

 ヴィクターは男の腕からクリスティーナを奪い、その体を抱きしめた。


 「それは手間をかけた。では、失礼。」


 クリスティーナの体を強い力で支えながらヴィクターはアメリアを探しているようだ。


 「ああ、アメリア妃殿下、クリスティーナの体調が優れないようなので今日はもう失礼いたします。」

 「ええ、構わないわ。・・・でも、まさかその子ワインを飲んだの?お酒はだめなはずよ。」

 「・・・ロゼを好んでいらっしゃるのでは?」

 「そういうことにして、お酒が飲めないことを隠しているのよ。」


 王族ってそういうものよ、とアメリアは苦笑した。


 「気を付けてね、クリスお酒を飲むとたいへんだから。」


 

  ・・・・・・・



 急いでファドリック侯爵家に帰り、クリスティーナを横抱きにして、彼女の部屋に運ぶ。


 「まあっ、クリスティーナ様お酒を飲んでしまわれたのですか?!」


 エリカが素っ頓狂な声を上げる。


 「変なやつに絡まれたんだ、済まない。」


 寝台のうえにクリスティーナを降ろす。離れたくないような気がするが、ヴィクターに出来ることはな・・・い・・・?


 「ヴィクターさま・・・」


 クリスティーナがきゅっとヴィクターの袖を掴んでいた。


 「・・・姫、どうしました?」

 「んふふっ、ヴィクターさま。」


 とろっ、ととろけた表情を浮かべたクリスティーナがヴィクターを見上げていた。

 これはどういう・・・ 


 「ヴィクターさま、ヴィクターさま。」


 何度もヴィクターを呼び、ぎゅっと抱きついてきた。

 これはあれか、甘え上戸か。

 気づけば侍女の姿が見当たらない。二人っきりだ。


 「ヴィクターさま、ぎゅってして。」


 色づいた頬、潤んだ瞳。

 ヴィクターはごくりと唾を飲んだ。

 華奢な体に腕をまわし、抱きしめる。


 「もっと、ねぇもっと・・・」

 

 強く力を込めて抱きしめた。

 クリスティーナの柔らかな体が押し付けられる。しっとりとした肌から甘い香りがしていた。


 「姫・・・クリスティーナ?」


 返答はない。

 少し体を離して顔をのぞき込むと、規則正しい寝息が聞こえた。そうっと、寝台に横たえる。

 寝顔はとてもあどけなかった。


 「クリスティーナ・・・それは生殺しというのですよ。」

 

 ヴィクターは大きくため息をついた。

 

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