気を遣わなくてよいのです!
「やっちゃった・・・絶対呆れられたわよね。」
朝食後のお茶を飲みながら、クリスティーナはげんなりと肩を落とした。恥ずかしいと過剰にきつい言葉を言ってしまうのは、クリスティーナの癖だ。
誤ろうと思ったが、朝起きるとヴィクターは既に出仕した後だった。
「奥様、お砂糖はいかがいたしますか?」
「あぁ、頂戴。ありがとう。」
小さな砂糖の欠片をお茶の中に落として、くるくると混ぜる。
はぁ、と大きなため息をつくクリスティーナに何を思ったか、エリカがクスッと笑った。
「いえいえ、奥様。・・・奥様のお気持ちわかりますし、使用人たちも実はほとんど奥様の味方なんですよ。」
「どういうこと?」
「はい、旦那様がお仕事にかこつけて屋敷や領地のことは執事に任せきりなので、もっと早く帰ってこいというのはもっともなのですよ。」
ちょっと言葉が雑になったのは聞かなかったことにしよう。エリカは執事サマ至上主義なので、執事のジェームズを忙しくする旦那様に苛ついて・・・いや、ちょっと不満に思っているようだ。
「でも、なんでわたしの味方?」
首をかしげると、エリカが目をキラッとさせて身を乗り出した。
「そんなのもちろん、奥様が好きだからに決まっているではありませんか!」
「えぇ?!わたし、なんかみんなに気に入られるようなことしたかしら?」
「ほら!その無自覚なところが素晴らしいのです!毎日毎日、おはようとか、お疲れさまとか声をかけてくださって、お礼も言ってくださって、体調が悪ければ休ませてくださって、もうっ、こんなに使用人思いな奥様はクリスティーナ様しかいません!」
怒濤のノンブレスにたじたじになりながらクリスティーナはありがとう、と言う。
「あの、そんなふうに思ってくれてうれしいわ。いつも、ありがとう。」
ふふっ、と微笑むとエリカは顔を真っ赤にしてもだえ始めた。本当に、感情表現のはっきりした子である。
しかし、エリカや使用人たちには素直に話せるのに、ヴィクターには話せないのはなぜだろう?
今日は早く帰ってくるだろうか、とクリスティーナはまたため息をついた。
・・・・・・・・
まだ晩餐の時間にもなっていなかった。いま頃は料理長のオリバーの激が、厨房を飛び交っていることだろう。
使用人たちは今は休憩中のはず、それなのにエントランスが騒がしい。
「なにかしら?」
「あっ、待ってください奥様!」
私室を出ると、早足でエントランスに向かう。
そして、その光景に目を丸くした。
「まぁ!どうなさいましたの、旦那様?」
慌ててヴィクターに駆け寄ると、恐ろしく顔色の悪く虚ろな瞳と目があった。
「体調がお悪いの?大丈夫・・・じゃ、ありませんわよね。」
背伸びをしてヴィクターの額に触ると、なるほど熱い。
「だ、大丈夫ですよ、姫!」
ヴィクターがおろおろと答える。
「何を言っているの?・・・みんな、旦那様を寝室にお連れして。あと、水とタオルね。ジェームズさんは、お医者様を。」
「「「かしこまりました!」」」
侍女たちとヴィクターを支え、部屋に連れて行く。無理矢理でもなければ、大丈夫とか言い出しそうな人だ。
「ほらっ、病人は病人らしく寝てください!」
・・・・・・・・
「・・・すみません、姫。」
「謝るのだったら、次から気を付けて。」
「はい・・・」
お医者様にみてもらったところ、疲れがたまっていたのだろうということだった。
「・・・わたしのせいでもあるわね。早く帰ってこいと言ったから、急いだのでしょう?それに、わたしが居たら屋敷でもくつろげないでしょうし。」
クリスティーナが居たら、気を遣って休めないだろうと思ったのだが。
「・・・いいえ、違うのです。」
「え?」
ヴィクターが小さく笑った。
「同じことを考えていたのですね。・・・私も、私が居たら貴女はくつろげないのではないかと思って、仕事を増やして、忙しいふりをしたのです。」
レオンハルトにはずいぶんいぶかしまれた、とヴィクターは苦笑する。
「そんな、わたしは・・・」
確かに慣れないかもしれないが、ヴィクターと居ることに慣れようと努力したいのだ。
「だから、歩み寄れないのだわ。気を遣ったりなさらないで。わたしは貴方の妻なのですよ。」
「はい・・・すみません。」
はぁ、ため息をつきつつも、ヴィクターの額にのせたタオルを取り冷やしてからもう一度のせた。
「ありがとうございます・・・クリスティーナ。」
「・・・っ!」
あぶない、心臓が止まるかと思った。
「な、なんで名前・・・」
わたわたとするクリスティーナに、ヴィクターはクスッと笑った。
「歩み寄る、のでしょう?」