恋に憧れます。
「お、おはようございます。旦那様。」
「おはようございます、姫。」
朝食は一緒に食べましょうといわれ、クリスティーナはヴィクターの向かい側の席に座った。
緊張して、朝食がのどを通らない。
ちらっとヴィクターを見ると、彼はにこやかにクリスティーナを見ていた。
「あの・・・何か?」
見られていると気になる。
「あ、すみません。家で誰かと一緒に朝食をとるなんて、久しぶりで・・・」
「は?・・・いえっ、そうでした、なんでもありません!」
ヴィクターの両親は彼が幼い頃に亡くなっている。兄弟姉妹はいない。
「・・・。」
なぞの沈黙の時間。
気まずい。
「あの・・・今日のご予定は?」
ヴィクターが会話をつなぐため、声をかけてきた。
しかし、それはこちらのセリフじゃ・・・。
「・・・アメリア王妃と、お茶をするつもりですが。」
「そうですか、わかりました。・・・今日は帰りが遅いので、先に寝ていてください。」
「・・・わかりました。」
つまり、新婚二日目の新妻をほうっておくと。
(・・・まぁ、最初からうまくいくなんて思ってなかったけど。歩み寄りもしないのね。)
なんとなく気分が悪い。
それからふたりには、会話らしい会話ができなかった。
・・・・・・・・
「まだ初夜を過ごしてない!?」
レヴィンエーゼル城の奥の宮、そのすぐそばの庭で素っ頓狂な声が上がった。
声の主は、アメリア・スチュアンティック。結婚後の姓は、ラン=シュバーウェン。
アメリアはこの国の王妃であり、スチュアンティック女公爵であり、クリスティーナの親友だ。
「アメリア・・・」
「ご、ごめんなさい。」
大きな声を出したことを恥じて、アメリアの声が小さくなった。
「それで?やっぱり気になってしまったのはあの噂?」
「・・・えぇ。」
あの噂、とは吸血の話のことだ。
「そう。でも、ファドリック侯爵さまは浮いた噂もないし、悪い方ではないと思うのだけれど。」
「わたしだってそう思うわよ。でも、ね・・・」
口ごもったクリスティーナに、アメリアはうーんと首をかしげた。
「あなた昔からお化けとかの話、苦手だったものね。」
「お、お化けじゃないわ、ヴィクターさまは!」
とっさに否定した言葉が思いのほか強くなってしまう。
アメリアが目を見開いてこちらを見ていた。
「あ、ごめんなさい・・・」
慌てて謝ると、アメリアは柔らかく笑った。
この笑顔が、アメリアの素敵なところだと思う。
優しく、すべてを包み込んでくれるような笑みは、周囲の人を安心させる。
(レオンお兄さまも、そういうところに気づいたのだわ。)
自分にはできないことだろう。
「いいものよ、恋は。」
意味深につぶやくと、アメリアは紅茶を口に運ぶ。
すっかり忘れていたが、今クリスティーナとアメリアはお茶会をしていたのだった。
クリスティーナも紅茶を一口、口に含む。
「貴女が言うと説得力があるわ。」
同い年のアメリアは今でこそ夫と仲むつまじいが、そこに至るまでに紆余曲折あったのだ。
「クリス、薔薇の泉でお願いしていったら?」
「それって、本当なの?」
「さぁ、どうかしら。」
恋が叶う、薔薇の泉。
最後に助言を残して、アメリアは私室に戻っていった。これから公務があるというのだから、王妃は本当に忙しい。
「わたしだって、素敵な恋がしたいわ・・・。」