結婚なんてしたくないです!
ーーー運命ってなにかしら?
王族に生まれた姫君たちは、求めてはいけない、運命の恋を探す。ブルーサファイアに願いを込めて。
薔薇の棘と蔦に隠された、かの王妃の祈りとともに。
イザリエ王国の王城の一室。
しっとりとした深い赤の絨毯、同色のカーテン。ところどころの金色の刺繍。優しいベージュ系の家具には、可愛らしい花模様の彫刻がなされている。いかにも高貴な姫君の部屋というこの部屋の主は。
「なんっで、よりによってあんな人と結婚しなくちゃならないの?!」
私室で一人ロゼワインを飲みながら、叫んでいた。
若干やさぐれ感のある彼女は、もちろん高貴な姫君で。
もしここに、彼女の今は亡き父がいたのなら、王族らしくないとたしなめられただろう。
血筋だけならいちおう王族、クリスティーナに結婚の命令をした従兄はこの国の王である。
いつもはきちんと王族らしくしている(自分としては)。
だが、今日は叫ばずにはいられない気分だった。
「あんな、悪い噂しかないような人にこのわたしがっ!」
無造作にグラスを置いた。乱暴な仕草でさえ音がなく上品に見えるのは、長年の姫教育のたまものだろう。
クリスティーナ・ラン=シュバーウェン。
たいそうな家名がついていると、自分でも思う。
父は先王の実弟、国王レオンハルトは従兄。
父を早くに亡くして先王に引き取られたクリスティーナは、実質王女として育ってきた。
王侯貴族の結婚は、本人の意志など関係ない。
もはや公務の一つであり、クリスティーナもそういうものだと思い、理解していたはずだった。
「でもっ、あの人だけは無理なのっ!」
蝶よ花よと育てられた、クリスティーナ姫の結婚相手に選ばれた幸運な男は。
ヴィクター・ブラッドフィールド。
国王近習を務め、政府でも軍でも強い発言権を持つ。
ブラッドとはつまり血。
貧しい地方伯から、戦功を立てることで侯爵までのし上がった一族。
そんな彼の一族には、恐ろしい噂があった。
「吸血鬼・・・」
血を吸うことで力を蓄え、戦功を立てているのだとか。
はたまた、美女をさらっては呪術の実験をしているのだとか。
実際、ヴィクターは社交界の貴婦人たちに人気で、どこそこの令嬢と恋仲だのなになに夫人と逢い引きしていただのといった噂もたくさんある。
クリスティーナは身を震わせた。
勝ち気で積極的、王族らしくないさばさばとした性格のクリスティーナが唯一苦手なもの。
それは、幽霊や吸血鬼といった、お化けであった。




