侯爵さまはロゼワインに酔って
広間の上座を見ると、王家の紋章のタペストリーを背に、玉座にレオンハルト王がいる。その隣ではアメリア王妃が幸せそうに微笑んでいた。
今日はアメリア王妃の懐妊を祝って舞踏会が開かれている。イザリエ王国の王宮であるこの城は、いつ見ても豪華で圧倒される。
「おめでとう、アメリア。」
クリスティーナは微笑む親友を見ながら、そうつぶやいた。彼女が幸せを掴むまでの苦難を知っているからこそ、心から祝福したい。
ロゼワインの入ったグラスを傾けて、一気にあおった。なんだか、とても良い気分だ。
「羨ましいですか?」
にやにやしながら、隣にいるヴィクターが問う。
「・・・いろんな意味が込められてそうで怖いけれど。そうね、羨ましいわ。」
「そうですか・・・後悔していませんか?私の妻になって。」
「はい?」
驚いてヴィクターを見ると、彼は少し俯いて自分のグラスをもてあそんでいた。
「吸血鬼とか、言われているでしょう。もちろん、そんな事実ありはしないのですが、我が一族が血にまみれながら成り上がったのは本当。・・・王女のあなたに相応しいかどうか。」
「あぁ、そんなこと。これっぽっちも気にしないわよ。だいたい、王家だってもとをたどれば当時の王家から王位を簒奪した血にまみれているわ。」
くだらないことね、といって笑う。
「あなたがどんな人間であろうと、わたしがすべきことは変わらない。・・・あなたのそばにいる。」
「クリスティーナ・・・」
気恥ずかしくなってまたワインを飲もうとするが、もう空っぽなのだ。
「・・・新しいワインを貰ってこなきゃ。」
思わずつぶやくと、ヴィクターがクスリと笑う。
「飲みすぎないでくださいよ。クリスティーナ」
「ロゼは強いワインじゃないから大丈夫よ。」
「どうだか。」
むっと唇を尖らせたクリスティーナに、困ったものだとばかりにヴィクターは肩をすくめた。
王が合図を出して舞曲が流れ始める。宮廷楽師たちが奏でる見事な音色。舞踏会の始まりだ。
「踊りますか、姫君?」
「・・・いいわ、踊ってあげる。」
いつにも増して強気にクリスティーナが、しょうがないわねと言わんばかりに無造作に手を差し出す。ヴィクターは苦笑しながらその手を取った。
三拍子のテンポ、つまりワルツ。
軽やかにステップを踏みながら、クリスティーナは徐々にお酒がまわっていくのを感じた。
めまいがしてふらりとよろける。
「危ないですよ。」
体勢を崩したクリスティーナを支えながら、ヴィクターが注意する。
「だ、大丈夫よ。」
本当ですか、とからかうように笑ってヴィクターはクリスティーナを強く抱きしめた。
彼の体温と、香水の甘い香りにまためまいがして、思わずすがりつく。
「やはり、酔ってしまうな。」
「何を言っているの?ロゼにそんなに強いワインじゃーーー」
ない、そう言いかけたクリスティーナの唇をヴィクターの唇によってふさがれた。それは一瞬のかすめ取るような口づけ。
「私にとって、ロゼは強いワインですよ。・・・こうして、ひとくち味わうごとに酔いがまわってしまう。」
そして、また口づける。先程よりもしっかりと。
「・・・ほら、そうして私はロゼの虜になる。」
「ヴィクター・・・」
クリスティーナは蕩けたロゼレッドの瞳でヴィクターを見上げた。
「あぁ、そんな目でみないでくださいよ。」
私の可愛いクリスティーナ。そっと耳もとで囁いて、ヴィクターは愛しい妻にもう一度口づけを贈った。
ーーーーーーー彼の青い瞳を酔ったように蕩けさせながら
(fin)
侯爵さまの性格が迷走。
結果、砂を吐きそうなフェミニストになってしまいました。