最愛を捧げて。
「探しましたよ、クリスティーナ。」
杖に少し体重をかけ、ヴィクターが息を切らしながら早歩きで近づいてきた。
やっぱり傷が痛むのかもしれない。額に汗がにじんでいた。
ヴィクターがにっこりと笑って。
ーーー生きてる。
生きて、彼がクリスティーナの目の前にいる。
そのことがうれしくて。
「ヴィクター様!」
クリスティーナはヴィクターに抱きついた。
「ク、クリスティーナ!?」
ヴィクターが驚くのもお構いなしに、クリスティーナはヴィクターの首に両腕を絡める。
「よかった・・・」
「・・・怖かったのですか?もう大丈夫です。陛下もご無事ですし、この国は守られました。」
戸惑いながらもヴィクターはクリスティーナの背に腕を回した。その手が幼子を安心させるように、クリスティーナの背をぽんぽんとたたく。
しかし、その言葉は正確ではない。
「・・・怖かったです。ヴィクター様が、あなたが帰ってこないのではないかって、そう思ったら怖くて・・・」
「・・・クリスティーナ。」
「心配しましたわ。・・・あなたのことを思うと、ここが痛くてっ。」
自分の胸を押さえながら、クリスティーナはヴィクターを上目遣いに睨んだ。
ヴィクターが困惑したように視線を泳がせる。
「だからっ、あなたのことが大好きだって言っているのです!あなたが大切なの。愛しているの!」
もう恥ずかしさなんてかなぐり捨てて、クリスティーナは叫んだ。
クリスティーナの背を掴むヴィクターの手が震える。
「クリスティーナ・・・私のクリスティーナ。」
ぎゅうぎゅうと力任せに抱きしめられる。
少しの血と、薬の匂いがした。
ふわりと、唇が一瞬重なった。
けれども、それはすぐに離れる。
遠慮されているようで、もどかしい。
クリスティーナに背伸びをして自分から唇を寄せた。
・・・・・・・・
ヴィクターは息を飲んだ。
自分の首に回る柔らかな腕が、自分の心にじんわりとなじむ暖かな体温が、彼女の全てが愛しい。
ヴィクターはクリスティーナの体を力いっぱい抱きしめて、甘い香りのする美しい金髪に顔をうずめる。
「・・・クリスティーナ。」
彼女を守るためなら何だって出来る。それは本当だ。だが、今はその思い以上にクリスティーナと離れたくないと思う。
クリスティーナはまだ若い。ヴィクターが死ねば、クリスティーナは王室に戻り、新たな政略で別の男に嫁ぐだろう。
たとえ死んだあとでも、それは許せないと思った。
ーーーークリスティーナは、私の妻だ。ただ一人の。
「・・・愛しています、クリスティーナ。」
・・・・・・・・
ファレーン王国とグレンバロディオン帝国の海戦はイザリエ王国の介入により、停戦。和平条約が結ばれることとなった。
ファレーン王国側の死傷者二万弱、グレンバロディオン帝国側の死傷者二万五千。
史上まれにみる泥戦だったが、イザリエ王国側の死傷者は千人弱だったという。イザリエ国王レオンハルト一世は死者に祈りを捧げた。
イザリエ王国、さらに隣国フレライン王国の仲立ちにより、ファレーン王国とグレンバロディオン帝国は不可侵条約を結ぶ。これは、レオンハルト一世が死したのちも続くこととなる。
(中略)
またファドリック侯爵ヴィクター・ブラッドフィールドの功績は大きい。彼と、彼の妻クリスティーナはのちの世までおしどり夫婦と呼ばれるが、それはまた別の話だろう。
(イザリエ王国史2巻より)