支えあう存在になりたいの
「・・・はぁ。」
思わず大きなため息がこぼれた。
「本当、自分のひねくれ具合に呆れるわ。もはや失笑ものよね、全く。」
ヴィクターが戦場へ行ってから早一月。クリスティーナはいまだに見送りのときのことを後悔していた。
「・・・もう完全に可笑しな人だったわよね。」
どうして、アメリアのように優しく笑いながら待っていますとか言えないのだろうか?
「奥さま、紅茶、新しいのにしましょうか?」
「えぇ、お願い。」
することもなく、自室でお茶をする自分がなんだか怠け者になったかのようだ。アメリアは王妃なので、今ごろ国王代理として忙しくしているだろうに。
「・・・奥さまのお気持ちも、わかりますけどねぇ。」
紅茶を持ってきたエリカがぼそりとつぶやいた。
「エリカ?」
「守ってくれるのは嬉しいですが、自分を守るために死んでしまっては意味がないと思います。」
「そうっ、そうなの。なのにあの人は自分の命を投げ打つようなこと・・・」
彼がクリスティーナを守りたいと思ってくれるのと同じくらい、クリスティーナも彼が大切なのに。
「・・・なんか奥さま恋する乙女みたいですよ?」
「えっ!」
慌てて頬を抑えると・・・驚いた、みっともなく緩んでいたようだ。コホン、と咳払いをしてなんとかごまかす。
エリカはそんなクリスティーナを見て微笑ましいという表情をしていた。
「・・・な、何かしら?」
ぷいっ、とそっぽを向いて紅茶を一口飲む。
しばらく無言で紅茶を飲んでいると、階下がにわかに騒がしくなってきた。
「・・・ちょっと見てきます。」
エリカが扉に向かって歩き出したとき、扉が勢いよく開いた。
「クリスティーナ王女殿下!」
もう侯爵夫人よ、と言える雰囲気ではなかった。近衛騎士の制服を着た男がばっとクリスティーナの前に跪く。
「ア、アメリア王妃がお倒れになって!至急、登城したいただきたく存じます!」
・・・・・・・・・
「アメリア!」
王妃の私室に駆け込むと、アメリアはベッドの上に身を起こして書類にサインしていた。
「・・・クリス、そんなに慌てて。わたし、大丈夫よ?」
少し疲労の見える顔で、アメリアは微笑んだ。
「大丈夫そうには見えないわっ!」
「本当に大丈夫。少し頑張り過ぎただけよ。」
はいはい座って、と促されてクリスティーナはソファに腰を下ろす。向かい側にアメリアが座った。
「病気じゃないのだし・・・みんなが騒ぎ過ぎて、あなたを呼んでしまったのねぇ。」
あくまでのんびりとアメリアは話す。これはアメリアが人に弱味を見せないようにするときのくせだ。
クリスティーナは目の前に進められた紅茶を口に含んで、
「本当に、休んでいれば大丈夫なのよ?妊娠初期は体調が悪いときも多いもの。」
ぶっ、と紅茶を吹きそうになって慌てて飲み込み、盛大にむせた。
「・・・げほっ、アメリア、それはつまり・・・」
「わたし、レオンの子を妊娠したの。今4か月よ。」
・・・結構大きい。気づかなかった。
「そう、おめでとうアメリア!」
じわじわと喜びが湧いてきた。
「ありがとう。」
そう言って笑ったアメリアの顔はもう母親のもので、国母のものだった。なんだか、おいていかれたようで少し寂しい。
「ア、アメリア妃殿下!」
パタパタと駆けてきた侍女が、アメリアに丸められた書簡を渡す。
「宰相閣下からです!」
「そう、何かしら?」
不思議そうにしていたアメリアの顔がみるみる強張っていった。
「どうしたの?」
不安になりそう尋ねる。ゆっくりとこちらに顔を向けたアメリアが、ごくりとのどをならす。
「・・・グレンバロディオンの軍船が襲撃をしてきて、イザリエ側が勝ったのだけれど、その・・・ファドリック侯爵がレオンをかばって負傷した、と。」
ひゅっ、と喉を空気だけが通った。
頭の中が真っ白になった。
「・・・命に別状はないのね?」
「それは大丈夫よ。」
「そう・・・そうなの。よかった。」
ふぅ、と息を整えた。
「明日、イザリエ国軍が帰ってくるわ。そのときわたしは妻としてでなく王妃としてレオンを迎えたい。夫を心配するのは普通だけれど、でもわたしは王妃なの。」
アメリアは自分の腹に手を置く。
クリスティーナに、強い眼差しが注がれた。
「わたしは守るべきものがある。守られているばかりはいやなの。」
それはクリスティーナと同じ、互いに支え合う存在で有りたいのだという思い。
・・・そうだ、与えられるものをただ受け止めて、もっととせがむのは子供。自分から伝えなくては。
「・・・わたしも、守りたいの。守られてばかりじゃなくて。わたしも誰かに、彼にとって必要な存在になりたい。」
「・・・恋する乙女、はもう過ぎたみたいね。ファドリック侯爵夫人?」
アメリアがいたずらっ子のように笑った。
「ふふっ、そうね。」
ーーーー帰ってくるわ。わたしの愛しい人が。