反省しています・・・
クリスティーナは自分を射すくめる眼差しに体を縮込めていた。蛇ににらまれたなんとやら・・・まさしくそれである。
いつも通りに朝食をとったあと、紅茶を飲みながらヴィクターのお説教タイムになっていた。
「いいですか、弱いならきちんと断って下さい。ああいう男は危険です。」
「はい・・・気を付けます。」
「特に彼は手がはやいことで有名です。」
「・・・知ってました。」
「なら、もっと警戒して下さいよ。」
「はい・・・あの。」
「何ですか?」
お説教はよく分かった。しかし、重要なのはそこではない。
「わたし、きのう・・・ご迷惑をお掛けしませんでした?」
ヴィクターが沈黙した。
すうっと、目元が赤くなる。
「わぁっ、何かしてしまったのですね?な、何をしました?いやっ、やっぱり言わないで下さいっ!」
わたわたとするクリスティーナを見ながら昨夜のことを思い出したのか、ヴィクターもまた視線を彷徨わせる。
「「・・・」」
静まってしまうサロン。
執事のジェームズさんがわざとらしく咳払いをした。
「旦那様、奥様、本日のご予定は?」
はっ、と我に返ったヴィクターがじっとクリスティーナを見た。
「な、なんでしょう?」
おそるおそる聞いてみる。
「今日、一緒に出掛けませんか?」
「えっ?」
「・・・休みがとれたので。駄目でしょうか?」
不安そうなヴィクターは珍しい。
(これって、デートのお誘い?)
「はいっ、行きます!」
力いっぱい答えると、ヴィクターは安心したようにふわっと笑った。いつもは冷たい瞳も、優しく細められている。
なぜだか鼓動がはやい。
ヴィクターの笑みは反則だと思う。
そわそわするような、きゅっと胸が痛むような知らない感覚にクリスティーナおろおろとするばかりだった。
・・・・・・・・
エリカとともに悩みながら決めたドレスは、とても夏らしくて爽やかだ。
ミントグリーンの生地には白い小さな花が散っていて、ゆったりとドレープをつくったオーバースカートの下にはクリーム色のアンダースカート。襟元にはクリーム色のレース、前身頃には濃いグリーンのリボンが並ぶ。
ドレスと共布のリボンを結んだ帽子をかぶったクリスティーナは、エントランスのヴィクターのもとへ駆け降りた。
「お待たせしましたわっ!」
「そんなに急がなくても大丈夫ですよ。」
あまりの慌てぶりにヴィクターが苦笑している。
「素敵なドレスですね、よく似合っていますよ。」
「ありがとうございます。」
少し照れたクリスティーナだが、今日は目を逸らしたりはしなかった。
もっとヴィクターと仲良くなりたい。
ヴィクターのことをもっと知りたい。自分だけに笑いかけて欲しい・・・しかし、この感情をクリスティーナはまだ知らない。
「あの、旦那様ーーー」
「侯爵様!」
クリスティーナが声をかけたとき、屋敷の扉が突然開き、一人の男が駆け込んできた。服装からして、王宮の騎士か・・・
「御無礼をお許し下さい。陛下から、至急王宮へ来るようにと言付かっております。」
こちらを、と白い封筒を渡して男はすぐさま屋敷を飛び出した。ジェームズが差し出したペーパーナイフで封筒を切ると、ヴィクターは素早く読んだ。
「・・・これは、まずいことになった。」
「何かあったのですか?」
不穏な気配に嫌な予感がして、クリスティーナは問う。
「はい、少し厄介なことになりました。」
「旦那様・・・」
「あぁ、すみませんが姫、今日の約束はなかったことに。私はこれから王宮に参ります。」
どうやら手紙には相当まずいことが書いてあったようだ。
「分かりました、お気をつけていってらっしゃいませ。」
あえて何があったかは尋ねなかった。
ヴィクターもそのことに気づいたようだが、何かを言いかけてやめる。
「行ってきます、姫。」
去り行く夫の背中を見つめながら、クリスティーナは胸元でぎゅっと両手を組んで無事を祈った。




