君の手をとって死にたい
『・・・・メ!!!』
がばっ、ベットの布団をはがして自分でもびっくりするほど勢いよく起き上がる
「いつものか・・」
のろのろとベットからはい出る、彼の瞳にはいくつもの涙の筋があった。
何故か昔から泣きながら起きることがある、医師に相談してもとくに精神的な問題はなく瞳を潤すための何らかの作用だという診断だった。
「ねみー」
よれよれの薄手のシャツを脱ぎ、テキトーに着替える一階から母の「朝ご飯よー」というありふれた呼びかけが聞こえる、いくつだと思ってんだ、まったく・・・
「はーい」
軽く返事をする
大学のキャンパス内はだだっ広いたぶんこの校舎も二年目だが知らない教室や部屋がいくつもあるはずだ
ドンっ
急に目の前に現れた女子大生と衝突した、彼女は、衝突の反動で地面に尻餅をついていた
「っわあ、ごめん大丈夫?」
咄嗟に出る言葉
「・・・・はい!!大丈夫です!!」
彼女は数秒間僕を凝視した後地面に散らばった教科書類をかき集めそそくさと逃げるように僕の前から去っていった
「大丈夫かな・・・あ、忘れ物」
彼女の背中は、遥か彼方まで遠ざかっていた
同じ大学だしまた会えるよな・・・
彼は紺色の上品なハンカチを鞄しまった
「よぉ、リオ」
「よぉ、どうした?」
高校時代からの友人と軽くあいさつを交わす
「・・・」
一瞬無言で白けた目を向けてくる
「???」
「お前、モテすぎ・・・・死ね!イケメン!!」
「っえ!」
「ホントお前王子様だよなあ~」
「そうなの?」
リオの腕には女子大生からもらったチョコレートが沢山あった
そう、今日はバレンタインデーなのである
「なぁ~ずぇ~高校時代から一緒の俺にはチョコが無くてお前にはあるんだよぉ~」
「高校はかんけーなくね?」
他愛もない今日が終わり大量のチョコレートをリュックに入れて帰路につく
リオには悩みがある、近頃ストーカーにつきまとわれている
帰路は足音が聞こえないようにヘッドホンをしてながらスマホをしながらストーカーを見ないようにしている、習慣は大学に入った年の夏ごろから始まっている
つまり、つけられ始めたのもそのころからである。警察に取り合ったものの、つけられているだけで脅迫文などの確固たる証拠がないため話にならなかった。
歩行速度を少し速くする、後ろの気配も早くなる
鞄に詰まったチョコレートが重い・・・
ほぼ駆け足で家に入る
「ただいま」
「お帰り」
母さんとの軽いあいさつで気持ちが随分と落ち着く
大学二年の秋ごろからさらにストーキングは激しくなった
夜のコンビニ、部屋に注がれる視線、休日の娯楽にさえあの粘ついた殺気のある視線が注がれている
疑心暗鬼になった俺の目は、誰のどんな目線も殺気であふれかえっているように見えるのだ
だが、今日ぶつかったあの子の視線はなぜか疑うことができなかった
晩御飯だと一階から声が聞こえる
もうそんな時間か・・・
けだるく返事をして一階に下りる
「・・あっあ、あの!」
か細く緊張した声が俺の背中にかけられる
「なに?」
振り向き様に聞く
「・・・。・・・?」
緊張しているのか声が全然聞こえない
「もっかい言ってくれる?」
優しく言ったつもりなのだか彼女は顔を赤らめ恥ずかしそうに
「・・sす、すいません。・あぁ、あの昨日ぶつかったときにハンカチ落としていませんでしたか私・・・。」
俯いていて顔がよく見えなかったが今の一言で昨日の彼女だと分かった
「えっと、これ?」
彼女は顔をあげ
「はい!これです。ありがとうございます。」
っと言ってまた駆けだそうとしていた
「待って!!」
咄嗟に出てしまった言葉
「!!」
彼女はいまも緊張で飛び上がるのではないかというほどビクッと肩を揺らした
勿論≪もちろん≫俺も何を言いたくて止めたわけだはないので言葉に詰まる
「・・・えっと・その・・名前教えてくれる?」
苦し紛れに出た言葉はちっぽけなものだった彼女も意外な質問に一瞬呆気にとられたのも束の間カラコロと笑い出した
「〰っ、ごめんなさい。面白くてつい」
笑いが止まらずあまり聞き取れなかった
「・・えっと名前は?」
再度聞き直す
「ごめんなさい、私は一年のレイカです。」
聞き直したことによって笑いが収まった
「『レイカ』な、覚えておくなちなみに俺はリオ、よろしくな」
笑顔で言う
「はい」
「じゃあな、またなんかあったらな」
彼を見送る彼女はなぜか嬉しそうだった
「ラインのIDもきいときゃ良かった」
今更後悔しても遅かった
「なにかわいい子でも居たの?」
「・・・」
無言で無視する
「えー教えろよー」
友人の声をスピンオフさせながら考える
彼女の目はやっぱり疑えなかった、まっすぐこちらを見るような(実際はまっすぐ見ていないが)かわいさの中にどこか凛とした強さがあるようだった
ふいに顔をあげてみる
「「あ」」
目が合った
彼女は友達であろう女子大生と一緒に歩いている時だった
時刻は昼時
彼女たちの手にはバンダナに包まっているのは弁当箱か
俺は、彼女たち、正確にはレイカに近ずく
彼女の近くにいる女子大生から黄色い声が聞こえるが意識の外へ追いやる
「今からお昼なの?」
にこやかに言う
「ハイ、そうですけど・・」
これはいい機会だとばかりに口元を緩めたリオは
「じゃあ、一緒に食べない?」
っと右手の親指で後ろにいる友人をさし左手で自分の弁当箱を見せる
レイカの友人は、嬉しそうに「いいんですかー」と明るく言うがレイカは友人とのランチタイムを邪魔されてなのかそれともただ無関心なだけなのか「はぁ、別にいいですけど」と曖昧な返事を漏らしていた
見事にレイカのSNSのIDを手に入れたリオは嬉々としながら帰路につこうとするだが、あの視線のことを考えると浮かれたい気分も失せ去りとぼとぼと家に帰る
とんとんと肩を叩くとまではいかないが意識を向けようとする仕草だと分かる
しかし、リオはストーカーからのものだと勘違いして手を思いっきりつかみ地面に組み倒す
「痛い痛い!!先輩痛いです!!!放してください!!」
その声と容姿はストーカーのものではなく大学の後輩であるレイカのものだった
「先輩は後ろから来た女性にいつもこんなことをするのですか?」
俺は思う。彼女は初めて出会った時よりも強気になっていると、いや、仲が良くなったから強気になるのかどちらでも強気で来られるのは・・・
「いつもじゃないよ」
笑ってごまかす、ストーカーがいるからなどといえるわけがない、もし言って彼女に避けられたら俺は・・
何故か考えるのをやめた
「というか、お前の家もこっちなのか?」
ふとした疑問
「ハイ、この道の先です。それより先輩私が呼び止めた理由を聞いてください」
そうだった
「どうして呼び止めたんだ」
言われた通り呼び止められた理由を聞いてみる
「先輩にちょっとお聞きしたいことがあって」
俺たちが入ったのは家からそう離れていない小さなカフェだった
「単刀直入にお聞きしたいんですが」
急にかしこまって話し始めようとする
注文は先にしてありそれぞれ前にアイスティーが置いてある
「あの、変な質問だと思うのですが」
出会った時のようにもじもじとした感じになっていく
「続けて」
言葉に詰まらないように先を促す
「ハイ、あの、先輩変な夢を毎日のように見ませんか?」
その言葉を聞いたとき俺はぎょっとした
「えっ、うん、そうだけど、なんでそんなこと知ってるの?」
俺は、レイカがストーカーなのではないかと疑った
「あの、私の夢によく先輩に似た方が出てくるのでもしや、思って聞いたのですが不愉快でしたか?」
何故か納得してしまった、ましてやストーカーが自分の見る夢までわからないとも思った。それと同時にもう一つの疑問も浮かんだ
「ねえ、その夢ってどんなの?俺が覚えてるのは断片的にしかなくて、レイカの見る夢はちゃんとストーリーになってるの?」
いつも誰かに呼ばれるような感覚があって目覚めて泣きながら起きてしまう俺にとっては悪夢をなくす糸口ではないかと思ったのだ
「夢の内容を覚えていないんですか・・・」
少し悲しそうに呟く
「ごめん」
「いえ、大丈夫です。謝るほどのことではありません。」
冷たく端的に言い放つ
「ですが、口で話すより夢日記をつけてあるのでそれを読んだほうが早いと思います。じゃあ、明日持ってきますね。」
彼女の表情が暗く見えたのはきっと俺の感受性の問題だろう
「わかった、ありがとう」
レイカはリオの居なくなったカフェで物思いに耽っていた
そうか・・・先輩は夢の内容を知らないのか・・知らないなら知らないで幸せなのかもしれない私に気が付かなければと思う・・・・もう囚われているのかとも思う・・・運命か・・・
アイスティーのストローをくるくるとかき混ぜながら氷が解けてうすくぬるくなったアイスティーを飲む
暖かすぎる暖房と滴を垂らすグラス小さくなった氷をいつまでもくるくるとかき回す
カラコロカラカラコロ
長い長い夢を見た
君が殺される夢を見た
やっと、出会えたのに
君がむざむざと殺されているさまを見た
夢か記憶か
現実か
殺した君がシニカルにはたまた満足げに細くほほ笑む
『これで、貴方は私の・・・も・・の・♡』
目が覚める
朝起きるといつものように泣いていた
今日も同じか
昨日レイカと話したことで何か変わると思った
まあ、夢日記を見ればなんか変わるだろ
いつも通り大学へ行く準備をする
先輩が今日死ぬ
レイカはそんな確信とも思える思いを持っていた
今日の夢はあんまりだった
なるべく先輩のそばにいよう
レイカは心に決め家を出る
その日はいつも以上にいつも通りで
いつも以上に楽しかった
なによりレイカが何かと心配をかけてくれた
今日最後の座学も終わりまで5分を切っている
今日もレイカと帰りたい
レイカはリオを待っていた
先輩・・・まだかな
「おーーい、レーカー」
30m位先でリオが手を振るレイカもそっと手を振り返す
恋人のように見える二人
友達のように見える二人
いつまでもこの時間を
いつまでもこの距離を
レイカは祈ったこのままが続くことを
帰り道あたりが暗くなり始める
雪もだいぶ解け地面には雪がない
その時、レイカは今日の夢を鮮明に思い出した
君が殺される夢を
咄嗟にリオの後ろに回る
リオが驚きながら後ろを向こうとしているのが目の端に見えた
刹那、鋭く冷たいものがレイカの中へと突き刺さる
アスファルトに赤血球がばらまかれる
何もかもがスローモーションだった
「レイカ!!!」
焦りが混じった声が聞こえる
「嘘・・何・で私は・・あなたを・・嗚呼・厭」
レイカを刺した女性が頸動脈にナイフを突き刺す
息を飲むリオの声が聞こえた
ばたんと前のめりになって倒れる
「リ・・・オ・」
ハッとしてレイカを見つめる
「レイカ!!今、救急車を呼ぶからもう少しまっ」
レイカの手がリオの頬に伸びる
「君の手をとって死にたかった・・・」
ほんの少し口角をあげる
「今回は君を・・助けられた・・アイ・シ・・・メ」
最後は聞こえなかった
「おい、レイカしっかりしろ!!」
いつ目を覚ますんだい?君は・・・
「レイカ、お前がベットに張り付いたままになってもう2カ月が過ぎたよ」
そろそろ起き上がって「先輩」って声をかけてくれよ
病室のドアの開く音が聞こえる
「毎日きて下さってありがとうございます。レイカもきっと喜んでます。」
レイカのお母さんまたお窶れになって
「彼女がこうなったのも俺のせいですから・・・」
そう、あの事件は完全に俺のせいだった俺がストーカーをもっと早く対処しておけばそう思うたびに痛みが込み上げ遣る瀬無い気持ちが心臓の奥でぐるぐると回っていた
「大丈夫ですか?」
レイカの母が眉をひそめながら尋ねる
本当は、貴方が一番辛い筈なのに
「はい、大丈夫です。」
彼女の笑顔はもう見れないのか
「リオさん、とおっしゃっていらっしゃいましたよね?」
「っはい?」
意外な質問に声が裏返る
「娘、いえレイカの部屋にノートがありまして、リオ先輩に渡すと付箋に書いてあったもので・・・」
そういってカバンから出したのはよくあるキャンバスノートと手帳だった
「読んで下さい」
そう言って差し出されたノートと手帳を受け取る
「いいんですか?」
「レイカがあなたに託したものですから・・・」
そう言ってレイカに優しくほほ笑んで病室を出て行った
レイカが託したもの・・
リオはノートを開いた
そこには夢日記が書いてあった
むかし、むかしのある王国の物語
「わたしとと結婚したください」
慣れない一人称で愛の告白をする目の前にはきらびやかなドレスを纏った姫がこちらを見つめている
二秒ほど目を瞑り息を吐く
「お受けいたします」
まあ、なんとも遠回しな・・
「有り難きお言葉です」
なんとも儀式的なプロポーズである
「・・・っもう、いつも通りにしてよ!!」
が、一気に柔らかな空気になる
「本当に心配したのですから!戦いから帰ってきてすぐにお会いしたいと言うので会ってみれば、鎧のままで、プ、プロポーズだなんて、もう息が止まるかと思いました。」
焦って声が高くなり早口になっている
「すみません、姫。生きて帰って来られたので、姫に一目会いたいと思ったら、つい」
鎧じゃ姫に抱きつく事もできない、などと思いながら目を細め笑う
姫とは長い付き合いになる、自分の父がこの国の聖騎士長であったころからの付き合いだもう十年以上の付き合いだ。姫の父上はこの国の王であり建国以来の名君と呼ばれ圧倒的な支持を得ている
自分は姫の傍で一生この国の騎士として死んでいくと思っていた。しかし、自分の気持ちに気が付いて、いつの間にか傍に居つづけたいと思って、この日がやっと来た
本心は、すごくすごくすごくすごく嬉しいです。姫、自分は姫のことずっと守ります、愛します。
後日、自分と姫の婚約は正式に決まった。
何もかも円滑に見えた
何もかも幸せに思っていた
何もかもこのままだと思っていた
しかし
この国はもう腐りきっていた
城の外から民衆の怒りの声が聞こえる
『愚王を殺せ!!国民を切り捨てた王を殺せ!!殺せ!殺せ!愚王を殺せ!!!』
名君とうたわれた王は、自分の保身のため貴族や商人に金を流し、国民に重すぎる税をかけ、従わぬ者を片っ端から処刑していたのである。
重すぎる税のせいで家族を飢えで失った者、同志を処刑された者、高くなる物価と厳しくなる制裁に耐えられなくなった国民はとうとう暴動を起こしたのだった
あと、10分もすれば城の門が破れるだろう
姫を抱く騎士は腕の中にいる姫とこの国の行く末を考えていた。
「・・お・とう・・様・・」
嗚咽が聞こえる
「・・姫!一緒に逃げましょう!」
姫の肩を掴み逃亡することを切り出す
姫は首を横にフルフルと降った
「お父様をおいてはいけないわ」
「ですが此処に居ては姫も殺されてしまいます。今ならまだ間に合います・・自分にとっては、姫をお守りすることの方が優先です、愛する人を失いたくはないです。だから・・・お願いです・・どうか・・自分と逃げましょう、姫」
最後は言葉にならなかった
「・・・・わかったわ」
姫が涙目でこちらを見ている
「ありがとうございます」
それからは、人の視線をよけながらひっそりとだが確実に逃げていった
噂によれば、王は処刑され、王都は歓喜に満ち溢れ新しい国の誕生を祝っているそうだ
「ねえ、いつまで逃げるの?どこまで逃げればいいの?もう、どうにかなってしまいそう・・・」
「姫、隣国まで逃げれば追ってはもう来ません、もう少しです頑張りましょう」
「うん」
何日も何日間歩き装飾品やドレスを売りついに剣まで売ってここまで来た
姫は、愚王の血が流れている者として指名手配されここ数日でもかなり追ってにおわれていた
もう少しだ、もう少しで、この国を抜ければ
精神がもう疲れ果てていた
「姫!!あの門を抜ければもう終わりです!!」
「本当に!!」
焦る気持ちが注意力を下げた
鎧をまとった騎士が数名と怒り狂た国民数名が立ちふさがる
「キャアアアアアアアア!!」
姫の悲鳴が聞こえる
刹那、頭に衝撃が奔る
鎧からねじ曲がった声がする
『貴方は、新しい国の戦力として生きてもらいます。』
待て、やめろ・・オイ!!ヤメロォオオオオオオオオオ!!
言葉にならない絶叫がする
『愚王の血を消せ!!殺せ!殺せ!愚王の娘を生かしてはならぬ!!』
群衆の声がする
意識も消えかかろうとした時、君の声が聞こえた
「・・アイ・・シテル、私の・・」
「・・ヒメェエエ!!!」
彼女の顔が消えた、否、首が消えた
嗚呼、君のてをとって死にたかった
君と一緒にいきたかった
涙も声も出ず意識も次第に閉じる
夢日記を読み終えたリオは、嗚咽を漏らし泣いていた
何で思い出せなかったんだろう、こんなにも大切なことだったのに・・・
夢の記憶を思い出したのだった
栞の挟んである手帳を開く
『今日、夢に出てくる人とそくっりな人を見つけた!!』『きっとあの人が「姫」だ!!』『やっと見つけられた!!すごく嬉しい』『でも、先輩に記憶はなしっと・・・』『記憶が戻ってほしいけど、戻ってほしくない、怖い。』
彼女はちゃんと思い出していたのに・・・
「・・・・ごめん」
レイカの左手をとる
薬指に唇をあてる
「今度は、俺が君の騎士だよ・・・」
聞こえないと分かっていてもそうしたかった
「もう姫じゃないよ、今度は、俺に守られて」
「・・・・わか・ったよ・・」
声がする、君の声が
べットに寝そべりながらレイカは笑っていた
目尻が熱くなる
「レイッカ!!」
「・・フフ、先輩」
レイカに抱き付く
「ノート、読んで、くれたんですね」
「うん、ごめん。辛かったよな、もう、忘れないから」
「うん」
「俺と生きてください」
「勿論」
看護師が大慌てで廊下に出ていくのが分かったが今は関係ない
「ありがとう、もう二度離さない」
「うん」
「愛してる」
「うん」
二人の目からは大粒の涙が零れ落ちている
もう二度と離さない
君の手をっといきたい
そして、死ぬときは
君の手をとって死にたい