初めての戦闘
「なんや、アンタも今日がダンジョン初日かいな。そりゃ奇遇やねぇ」
薄暗いダンジョンを歩く中、少女の明るい声が響き渡る。
少女名前は、キルケ。職業は盗賊で、彼女も今日が初めてのダンジョン探索らしい。
まるでダンジョンに散歩に来たかのような軽装のキルケ。少年のような風貌の彼女に頭のゴーグルがさらにそのイメージに拍車をかける。だが、よく見ると整った顔立ちの彼女は幼さの残る可愛らしい女の子だった。
「まぁ、お互い初心者同士、これも何かの縁や。なかようしてな」
そう言って、ニカリと白い歯を見せて屈託の無い笑顔を見せるキルケ。およそダンジョンに似つかわしくない明るい笑顔に、初めてのダンジョン探索に不安だった俺は少しだけ安堵した。
「こちらこそよろしく、キルケさん」
「キルケでええよ。アタイもあんさんのことスティンって呼ばせてもらうし」
「わかったよ、キルケ」
薄暗い通路をヒカリゴケが淡く照らす。
このヒカリゴケは、名前のごとく体内から光を発光させる魔法改造が施されたコケで、ダンジョン中に繁殖している。おかげで、松明などを持たずに探索が出来るらしい。
「それにしても、誰もおらへんな……。入口にあんなに人がおったのが嘘みたいや」
「最初に転送円で飛ばされているからなぁ。パーティを組まないと、ランダムに飛ばされるみたいだから、そうそう他の人とは出会わないって門番の人が言っていたね」
「なるほど」
そんな会話をしている時だった。通路の先に無数の人影が見えた。
「ま、あれだけ人がおったんやから、ランダムで飛ばされるって言っても、たまには会うわな。オイッス!」
そう言ってキルケが人影に近づこうとした時だった。
俺は、人影の様子がおかしいことに気がついた。
そう、人影にはダラリと垂れ下がる尻尾があったのだ。
ヒカリゴケに照らされ、その姿が顕になる。そこには、犬の顔を持った怪物が居た。確か、コボルトとか言うモンスターのはずだ。
「うわああああ!」
キルケが一目散に逃げ帰ってくる。その後ろを計3匹のコボルトが追いかけてくる。
突如始まった初戦闘。気がつくと俺の足は震えていた。
落ち着け俺。今までの修行を忘れたのか。文献によればコボルトはそれほど強くないモンスターだ。今までの特訓を信じるんだ。勇気を振り絞れ!
「うおおおおお!」
咆哮と共に俺は駆け出し、迫り来るコボルトに向かってブロードソードを突き出した。勢いあまり、コボルトは自らその剣先に突っ込む。そのまま胴を切り裂き、その横に居たコボルトも切り倒す。
行ける!
だが、2匹目の体に突き刺さったブロードソードが骨に食い込んだのか一瞬抜く動作が遅れた。その隙を狙って、もう一匹のコボルトが襲ってくる。まずい!
――ズドドドドッ!
だがその時、コボルトの顔面に無数のダガーが突き刺さった。
コボルトは白目を向きその場に倒れる。
「間におうて良かったわ」
「た、助かったよ」
間一髪、キルケが放ったダガーが俺を救ってくれた。
俺は、ふうと汗を拭うとその場に跪き、このダンジョンに来た当初の目的を始める。
「何しとるん?」
「武器を調べているのさ」
俺は、コボルトたちが持っていた武器を手に取る。
「これは……シャスクだね」
「シャスク?」
「この緩やかな湾曲の刃が特徴の剣でね」
俺はシャスクを手に取り、刃を指差す。
「断ち切りや突き刺すことも可能な使いやすい剣なんだ。殺傷力は低いけど初心者にオススメの剣だね」
「ふーん」
ちょっと刃の先が刃こぼれしているけど、ちゃんと研げば再利用は出来そうだ。
俺は、懐から転送縄を取り出す。
これは、円を描くように地面に置くことで、取り囲んだ物体を特定の場所に転移させることが出来る魔法具である。
俺は手に入れた3本のシャスクを転送縄で囲んだ。すると、転送縄に囲まれた場所が緑色に光り、次の瞬間にはシャスクは無くなっていた。転送先は自宅である。
これは本来は冒険者が迷宮から瞬時に脱出する際に用いる物だが、このように持ちきれないアイテムを送ることも出来る便利な魔道具なのだ。
「武器なんか転送してどないするねん。あんな武器、そんなに価値があるもんやあらへんやろ」
ゴソゴソとコボルトの体をまさぐりながらキルケが聞いてくる。
「実は俺は自分の店を再建するためにダンジョンに来たんだ」
「再建? どういうこと?」
俺はキルケに事情を説明する。
俺の話を聞いたキルケは、納得したように大きく頷いた。
「なるほどねぇ。親父さんの店を復活させるために武器を集めとるんか……」
何か思うところがあったのか、キルケは神妙な表情を見せる。
「そう言うキルケは何でダンジョンに?」
「あはは。アタイはそんなに殊勝な理由はあらへん。ちょっとした小遣い稼ぎと思って来ただけや」
そう言って、彼女はチャリンとコボルトから奪った小銭を鳴らす。
「なぁ、あんさん」
俺に向き直り、キルケが真剣な表情で見つめてくる。
「アンタ結構腕が立つみたいやし、良かったらこれからもアタイと一緒にパーティを組まへんか? アタイは手先が器用やから、宝箱の開錠や罠を外すことも出来るし組んで損はさせへんで?」
「実は俺も同じことを考えていたんだ。」
そう言って俺は手を差し出した。
「さっき、キルケに危ない所を助けてもらったし、ぜひ俺とパーティを組んで欲しい。それに君が居たら、この薄暗いダンジョンも明るくなりそうだ」
俺はニコリと微笑む。
そんな俺を見てキルケは顔を真っ赤にさせた。
「な、なに恥ずかしいこと言ってるんや」
「いや、本当だって! キルケと一緒にいると楽しいし!」
「やめいやめい! そんなこと言われたら歯が浮くわ! ホラ、次の部屋に行くで!」