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異世界リース物語  作者: ジーン
第二章
8/28

次の日2

 父と母が起き出した。今は8時ちょっと過ぎだ。

 なぜそんな事が分かるかというと、壁に時計が掛かってあった。針が回るタイプのモノだ。

 今まで目に映っていたはずなのに、全然気が付かなかった。理由は文字盤が読めなかったからだ。

 母がそれを見て、今は8時ね。と言わなければただの飾りだと思うところだった。


 文字盤に書かれている文字は、なんか全体的にすごくごちゃごちゃしている。文字というよりは絵のようだ。

 数字らしきものを幾つかは読めたが、私の今の読解力ではどうやって時間を読むのかよく分からなかった。

 

 父が部屋から出ていったあと、母にベッドの横のトレイに置いてあったタオルで顔を拭かれた。

 ちょうどいい温度に濡れていた。母も顔を拭いたあと、タオルをトレイに戻した。

 湯桶もないのにいつ濡らしたんだろう。

 疑問に思ったが、父が部屋に入ってきたので聞くタイミングを逃してしまった。


 父は母に言われて、私の部屋から着替えを持ってきてくれていたのだ。

 私の着ている服に関しては、今まで敢えて何も考えないようにしていたがものすごくヒラヒラしたワンピースのようなものを着ている。


 私は動きやすいからという理由で、制服以外でスカートを持っていなかったような奴だ。なのに、こんな可愛いと形容されるような服をずっと着ていたなんて、あまりの事に今まで無意識に服を視界に入れないようにしていた。

 今日は薄い紫色のワンピースだ。自分が着るのでなければ、観賞用にして飾っておきたいぐらいには可愛い。


 母が服を着せてくれた。部屋の隅に大きめの鏡があって、鏡の前まで急かされてそこで立ち止まる。

 そのまま櫛で髪を梳かしてくれるようだ。


 私は鏡に映った自分をよくよく観察してみた。

 母に似た目付きが悪くない(重要)整った顔立ちに、父の髪色に似たほんの少し茶色がかった黒髪。

 瞳の色も髪と同じ色をした、可愛らしいワンピースを着た子どもがそこには立っていた。

 一方では誰だよこれと思いつつも、もう一方ではこの姿は確かに自分だと違和感を感じていなかった。


 静かに思索に耽っているといつの間にか髪は梳かし終わっていた。

「エルナ、朝御飯を作るまでお父様とお部屋にいてね」

 母がそう言ったけど、不安になった私はついしがみ付いてしまった。

 母がそれを仕方がないと微笑んで、私は安心してそのまま後をついて行った。


 母親の傍というのはどうしてこんなに安心するのだろう。自分が高校生だったという事実は今は忘れる事にする。

 安心感に代えられるものなど、今のところないのだ。

 後ろを振り返ると、部屋の中で父が少ししょんぼりしていた。なんかすまん。


 歩きながら改めてこの家を見回す余裕ができた。

 記憶が戻る前は何も感じる事がなかったので、目に映るものがみんな目新しく見えた。

 こうして見てみるとこの家はとても広い。

 家は洋風と言えばいいのだろうか。和風では絶対に無いと言い切れるが、建物にそんなに詳しいわけではないのでよく分からない。


 家に備え付けられた調度品や家具は凝ったものが多く、生活が満たされているような感じがした。

 部屋の数は1階に6つあった。それも随分と広い。

 2階はまだ行ってないし記憶もほとんどないが、同数の部屋があるとしても12部屋だ。父と母と私の三人しか住んでいないはずなのに、多すぎなんじゃないだろうか。

 記憶にある限り暮らしは貧しくないが、ものすごく裕福なわけでもないように思ったのだが。

 他の家の記憶がないので何ともいえないけど、この家はここでは一般的なものなのだろうか。


 短い距離を歩いてキッチンに着いた。

 そうキッチンだ。

 清潔な印象の腰の高さくらいある白い平べったい長方形の台。その上には調理器具が整然と並んでおり、見た感じまさにキッチン台なのだ。


 用途不明の手のひら大の穴が二つ並んで空いていて、その周囲だけ造りが違う所がある。位置的にコンロっぽいと思ったけれど、なんの変鉄もないただの半球の穴のようだった。

 母に危ないから少し離れているように言われて、少し離れたところからキッチンを観察する。


 幾つか気になった事があった。

 水道もコンロの変わりになるものも見当たらないのだ。私は焼いたり煮込んだりしたものを食べた記憶はあるが、どうやって調理していたのかはまったく記憶になかったので不思議に思った。


 疑問に思いながらも観察を続ける。

 母が冷蔵庫のようなものを開けた。中からひんやりしたような空気が少し漏れる。ほんとに冷蔵庫だったようだ。

 形も私が見知っているものとあまり変わりがないように見える。違いを挙げるなら、黒い卵形の拳大の石盤が側面に一つだけ埋まっている事だろうか。それ以外は同じように見える。


 記憶を思い返せばトイレや部屋にあった照明にも、同じようなものがついていた気がする。何か重要なものなのだろうか。

 そういえば、照明や冷蔵庫の動力はやはり電気なのだろうか。だけど、この家にコンセントやコードらしきものを見た覚えはない。後で聞いてみようと思う。


 母が赤い色のものを二つ取り出し、冷蔵庫の扉を閉めて白いまな板の上で切りだした。

 記憶にあった赤い実がちらっと浮かんだ。でもどんな味だったかまでは覚えていない。

 なんとなく気になり、尋ねる事にした。


「それ、何?」

「これは肉の実よ。べリアと言うの」

 母が微笑んで答えてくれた。

 でも何それ怖いんだけど。

 食べて大丈夫なの?


 赤い実に内心で恐れ慄いていると、母は切ったそれをフライパンに並べていった。

 このフライパンは私の記憶にあるフライパンと完全に一致した。

 素材までは分からないが、どこからどう見てもフライパン以外のものではない。

 どんな世界でもフライパンはフライパンなんだな、と何故か安堵した。

 

 そして私は次の瞬間、目を見開いて驚きの声をわずかに漏らした。

 

 母が台にあったよく分からない半球の穴の上にフライパンを持っていくと、火が現れたのだ。

 何も無いところから突如現れた。

 私の目にはそうとしか見えなかった。


「今のは魔術よ」


 母が私にそう言った。

 だが、その答えはますます疑問を増やしただけだった。

 今すぐにでも聞きたかったけれど、皿に料理を盛り付けたり忙しなく動いているので言葉を飲み込んでしまった。

 


 ここは、やはり地球ではないのか。

 私はルイスの言葉を思い出していた。ルイスがあのとき小説のセリフを言ったのは、ちゃんとした意味があったのだろうか。

 もしかしたらこの世界は、あの小説に書かれていたように魔力というものがあって、精霊とか魔物とかがいるのかもしれない。


 私は小説の内容を思い出して、柄にもなく少しそわそわしていた。

 [精霊と異世界珍道中]という小説は、その名のとおり異世界に転生した主人公が精霊とその世界の色々な土地を冒険するという話だ。

 獣人や精霊族と呼ばれる人と出会ったり、竜や魔物とかも出てくる。


 剣と魔法の中世ヨーロッパ的な冒険ファンタジーで、それだけ聞くと王道っぽいけど、実際はバトルシーンのほとんど無い旅行記みたいな感じだったりする。

 そういえば、小学生の時にルイスと話すようになった切っ掛けがこの小説だったかもしれない。


 まぁそれはおいといて、私はこの小説が好きだった。

 ストーリーも勿論好きだが、一番好きなところは竜の描写だった。

 この作者は竜の描写が細かくて、すごく神秘的でなのだ。私は小説を読んで以来、竜は世界で一番美しい生き物だという幻想を抱いている。

 作者のいいように洗脳されている気もしたが、むしろ本望だ。


 まるっきりファンタジーの世界だ。

 だけど、本当にそうだとしたら……。


 記憶が戻って、初めて浮かれた気持ちになっていた。私って結構ちょろかったみたいだ。

 

 この事も後で聞いて見ようと思う。重要なことだ。

 そんなことを考えていたら朝御飯ができたみたいだ。いい匂いがする。

 父がやってきて三人で朝御飯の席につく。

 




 朝御飯はペロリと食べ終えた。

 あの実は肉の味がして普通に美味しかった。

 だが残念ながら朝御飯の席では抱いた疑問を詳しく聞ける時間がなかった。

 9時より少し前にアンヌがやって来るらしいので、私はアンヌに聞く事にした。


 9時頃になるとアンヌがやってきて、父と母は家を出て行き仕事に向かった。

 アンヌと一緒にそれを見送る。


 私は疑問を解消すべく、さっそくアンヌと一緒に本がたくさんある部屋に向かった。ちなみにこの部屋は私の寝室ではなく、たぶん子どもの遊戯部屋だと思う。

 壁の一面にちょっとした本棚があり、その向かって右の壁には可愛らしい小さなソファがある。

 ふかふかの茶色の絨毯が敷いていて、大きなクッションも二つ置いてある。靴を脱ぐスペースもあって、子どもが遊ぶにはもってこいだった。


 私は一番慣れ親しんでいた部屋を見回した。

 目の端に、今まで遊んだ記憶のないオモチャ箱のようなものがあった。

 部屋の隅にポツンと置いてあるのを見て、胸がチクリと痛んだが今は深く考えないようにした。


 

 

 


 アンヌのおかげで今日は色々と分かった。

 まとめると、やはりここは地球ではなかった。


 この世界では全ての生き物は魔力を持っているらしい。

 地上には精霊はどこにでもいるらしく、私の傍にもよくいるそうだ。

 生憎、私には何も見えなかったし感じなかったが。


 魔物もいるみたいだ。だが魔物は結界が張ってあり、町の外からは入ってこれないそうだ。

 ちなみに結界は精霊の力を借りて張っているらしい。精霊ってそんな事も出来るんだな。

 

 私が住んでいる村の名前も分かった。エヴェリット王国という国に属しているスロットという小さな村だ。

 エヴェリット王国はこの世界に2つしかない大陸の一方、リリアス大陸で一番大きな国だそうだ。


 他にも朝疑問に思っていた事も分かった。

 タオルが濡れていたり、火が出現したのはやはり魔法……というか魔術だった。

 生活魔術と言われる魔術で、よっぽどの事がない限り誰にでも使えるらしい。私も明日アンヌに教わることになった。少し楽しみだ。


 時計や冷蔵庫、トイレや照明の動力の事も聞いたがあまりよく分からなかった。

 なんでも黒い卵形の石盤に魔力を流し込んで稼働させているそうだが、魔力だけで動いているわけではないらしい。他の要素が大きく関わっているみたいだ。明日もまた聞いて見ようと思う。


 そして、実は一番知りたかった竜の事もちゃんと聞いた。

 竜はこの世界の何処かにはいるらしいが、人とは交流を持っていないそうだ。会う方法がないのは残念だが、同じ世界にいると分かっただけでも私はものすごく浮かれた。


 今日分かった事といえば大体そんなものだ。あとは文字を読めるようになる為に延々と絵本の読み聞かせをしてもらった。

 分からないことがあるとアンヌを質問責めにして、気付いたら空が暗くなっていた。アンヌにはいい迷惑だっただろうと、漸く正気に戻った頭で思った。

 だけどアンヌの顔はずっと笑顔で楽しそうだった。


 アンヌのおかげで簡単な単語や文章なら少しは読めるようになった。文法が日本語と似ていたのも大きかったと思う。

 この世界の文字は英語の筆記体が崩れたような形で一見覚えにくそうなのだが、なぜかすらすら頭の中に入ってくるのだ。不思議だ。

 



 夕方になり父と母が帰ってきた。

 明日も色々教えてくれるという約束を交わして、アンヌは帰っていった。

 明日も迷惑を掛けますがよろしくお願いしますと心の中でそっと呟く。

 アンヌには頭が上がらなくなりそうだ。


 父が夕御飯を作る。朝と夕で当番が決まっているのだろうか。

 夕御飯を食べていると、父と母に今日あった事を聞かれた。

 私は拙い言葉でそれに答えていく。まだ全然すらすらとは話せないのだ。だけど二人は始終嬉しそうな顔で私の話を聞いていた。



 少し居心地が悪く感じる。

 私自身も訳の分からない理由でこの人たちの娘としてこの世界に転生したせいで、何年もしなくてよかったはずの苦労をずっとしていたはずなのだ。

 それを思うと申し訳ない気持ちになるのだ。


 居た堪れなくなり、私から少しでも関心を逸らそうと試みる。

 二人に聞きたい事もあったし丁度良いので聞いてみる。

 アンヌが言っていた、私の周りにはよく精霊が傍にいるというやつだ。

 アンヌは精霊を微かに感じることが出来ると言っていたけど、二人はどうなんだろう。


 聞いた結果、母は精霊を感じる事は出来るけど姿は見えないらしい。父はあまり感じないみたいだ。

 だけど、私の近くに風の精霊がたまにいる事は知っていたと言われた。

 私の傍ではよく風が吹いてるらしい。

 部屋の中でも風が吹くから分かりやすかったと言われた。

 なるほど。

 ……少し身に覚えがあるな。

 だがまぁ精霊というのは基本的にどこにでもいるらしいので、深く考えなくてもいいみたいだ。

 見えないし感じない私にはあんまり関係はないだろう。



 夕御飯を食べ終えたら眠くなってきた。まだ夕方みたいだが、私の眠気はもう限界だった。寝間着に着替えてベッドに横たわる。

 父と母は私が眠るまでずっと傍に居てくれた。

 昨日感じた不安は今日一日で随分小さくなっていたが、まだ当分一人では眠れる気がしなかった。

 


 ベッドに寝転び十数分が過ぎて、段々と意識が沈んでいく。

 私はそれに逆らうことなく眠りについた。


 母が私の頭をそっと撫でて、おやすみなさいと言ったのが辛うじて聞こえた。

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