攻撃魔術を習おう
リース暦3000年8月25日土の日
昨日は町ではしゃぎ過ぎたのか、朝は8時30分に起床した。
まだ少し眠くてぼんやりしながら朝御飯を食べたあと、アンヌが家にやって来るのと入れ替わりに母様と父様が仕事に行った。
遊戯部屋まで歩きながら私は漸くはっきりと目が覚めて、昨日の帰りに電車で考えていた事を思い出していた。
この世界で生きていくには強さが必要だ。魔物という実際の脅威が感じられた今、何もしないという選択肢はないだろう。
これまで優先していたルイス探しは、情報を全て母様と父様に伝えたのでこれ以上私にできる事もない。聖堂から連絡があるまでは、この件は母様と父様に任せたのだ。となれば自分に今できる事をやっていこうと思う。
さっそく今日から魔術が得意らしいアンヌに、攻撃や防御の魔術を教えてもらうつもりだった。体力づくりもしないといけないとは思うが、今のところはこっちの方が手っ取り早い気がする。
それに、なぜか今までほとんど動いていなかったはずなのに、体力はそれほど弱くなっていなかった。この世界の体のつくりはかなり頑丈っぽいのだ。学園に入ったら体育の代わりに体術の授業があるらしいので、そちらはおいおいでいいだろう。
ちなみにアンヌには私が異世界からこの世界に転生したという話はしていない。信用していないからとかではなくて、あまり人に広めるような事では無いと思ったからだ。それに何となくだが、アンヌには言わなくても大丈夫だろうという勝手な信頼もあった。
「アンヌ、私に攻撃とか防御の魔術を教えてくれないかしら」
私は遊戯部屋でアンヌと向かい合ってそう言った。言葉遣いは主にアンヌに教わっているが、2ヶ月前からすると言葉も文字も大分なめらかに操れるようになっている。
「攻撃魔術ですか? どうしたんですか、急に」
「昨日、お母様とお父様に結界の中でも魔物が現れると聞いたの」
「確かに現れますが、周りに必ず誰か大人がいるので大丈夫ですよ?」
そういえば今まで声の届く範囲には、必ず母様や父様やアンヌが近くにいたことを思い出す。だが私はできる事なら、自衛の手段を持っておきたかったので重ねてお願いしてみた。
「アンヌ、お願い!」
「そうですねぇ。……学園でも教わりますが、早いに越したことはありませんし構いませんよ」
難しいかと思ったが、あっさりと引き受けてくれた。
「ありがとう!」
「ただし、教えるのは基礎までですよ? それ以上は少し危ないので、学園に入ってからちゃんと学んで下さい」
「ええ。わかったわ」
基礎までかぁ……。まぁ仕方ないか。焦ってやってもうまくいくとは限らないし、基礎を完璧にこなせるように頑張ろう。
こうして今日の午前中一杯は、アンヌがまた魔術講座をしてくれた。魔力とは何かから始まり、攻撃魔術と防御魔術の定義までしっかりと説明された。
前とは違って私がちゃんと言葉を理解出来るのが分かっているので、一から詳しく教えてくれる。と言っても、[魔力のすべて][魔術の歴史][生活魔術応用編][攻撃・防御魔術一覧]というような家にあった魔術に関する本をすべて読んでいたので、ほとんどが既に知っていた内容だった。
まず魔力について、前にこうざっくりと教えられた。
一、魔力は空気と同じく目に見えないが、自然界のどこにでもある。
二、魔力は生き物ならどんなものでも宿っている。
三、魔力は使う者の意志で形を変える。
四、魔力は個々で保有量が異なる。
五、魔力総量が多いほど大きな魔術が使える。
六、魔力はすべて使ったら、大体1日で自然に元の魔力総量まで戻る。ただし魔力総量が多い場合はその限りではない。
七、魔力で出した火や水は魔力で出来ているので、そのままの状態で長時間放っておくと自然に還ってしまう。
これを1つずつ詳しく説明すると、一は魔力の根本的な在り方を指している。
魔力とはこの世界においてただの力ではなく、この世界を構成するのに必ず無いといけないものだ。
この世界の魔力というものは、無色透明で重さも匂いも感触も無いが確かに存在する物質という認識なのだ。
二は更に深く魔力の説明をしている。どんなモノにも魔力は宿っているとは、魔力がそのモノを構成しているのに必要な物質だという事だ。
具体的に言うと、細胞が分裂するのに魔力がいるらしい。化学反応が起きるのにも決まった量の魔力が必要だとも本に書いてあった。それぐらいこの世界において魔力は無くてはならない、というかどこにでもあるものだそうだ。ただの不思議物質ではなかったのだ。
三は魔術を習う上で、ある意味一番大切な事だ。
魔力は基本的には感じることの出来ないモノだが、その魔力の存在に最初に気付いたのは魔力の塊である精霊と対話する事ができた、大昔の精霊術師だったと言われている。それからさらに色々あって、普通の人族でも魔力が扱えると判明したのだ。
人々は自身の意志で、魔力を火や水に変える事ができるようになった。だがこの時分かっていたのは、使う者の意志で形が変わるという事だけだった。
それからも魔力はずっと研究されてきてこの世界には魔力が満ちていることは分かったが、なぜ人の意思の力で変わるのかは未だにはっきりとは解明されていない。神が無力な人に授けた力だとか、魔力は意思を持っていて人の感情で形を変えるのだとか色々言われているが、実際には分からないままだそうだ。そういう物質なのだと納得する以外ないのだ。
四は個体の魔力の保有量に関して。
魔力は生命神力と自然精霊力がある。生命神力は肉体の内側にしか作用しない力で、体の構成や成長とか治癒とかに充てられている(と思われる)魔力の事だ。それに対して自然精霊力は、肉体の外側にも作用できる力で、これが魔術に用いれる魔力だ。
生命神力が体の中に宿っているとしたら、自然精霊力は体の周りに纏わせている感じだろうか。オーラ?みたいなイメ-ジ。
魔力保有量はこの2つの総量を指したものだ。
これは個人で量が一定ではないし、種族ではさらに大きく異なる。人族の魔力保有量の平均は他の種族と比べると少ないらしいが、個人では上回る人もいるらしい。
自然精霊力だけを数値で表したのを魔力値といい、人族で最も多い割合の最大魔力値が700~800ぐらいだ。基礎魔術だけなら、これが多い方が強力な魔術が使える。
私の最大魔力値は10倍の8000なのでそこそこ多い。だがこれぐらいならそこまで珍しくもないらしく、上の方には10万を越えている人もいるそうだ。万越えの人は滅多にいないらしいが。
親から子に多少遺伝はするみたいだが、あんまり絶対的ではないみたいだ。魔力保有量の多い人同士が結婚しても、魔力保有量の多い子どもが生まれる可能性が少し高くなるという程度なのだそうだ。
五は魔力総量(保有量)が大きいほど、強力な魔術が使えるというそのままの意味だ。
だが1つ注意すると強力な魔術というのは、実は自然精霊力の大きさよりも生命神力の大きさが重要だったりする。なぜかというと、強力な魔術は大抵が精霊の力を借りて行うものだからだ。
この魔術を精霊術や精霊魔術という。
精霊術や精霊魔術は精霊とコミュニケーションをとる必要がある。精霊は魔力の塊なので、魔力密度の高い肉体を通してしか感じる事が出来ないらしいのだ。なので自然精霊力よりも、肉体に宿っている生命神力の大きさが重要になる。
生命神力は肉体の内側にしか作用しないので、自然精霊力と違いざっくりとした大きさしか測れないが、一応目安は存在する。
一、全く何も感じない→300~400
二、存在を感じる→400~500
三、うっすら見える→500~700
四、はっきり見える→700~1000
五、声が聞こえる→1000~2000
六、言葉が聞き取れる→2000~4000
七、対話が出来る→4000~
八、精霊文字が読める→5万~
九、触れられる→10万~
この数値はとある精霊術師が記録の精霊と協力して数万の人に地道に聞いてまわり、生命神力の大まかな平均を割り出したらしい。感度と呼ばれて数値が高いほど生命神力が大きいという事だが、見てのとおり大雑把だ。しかも生命神力はその日の体調とかでも揺れがあるらしいし、完全に自己申告なのであくまでも目安に過ぎないという。
大体の人族は一から三のどれかだし私も感度一だが、強力な魔術が使えないかというと実はそうでもない。精霊があまり感じられなくてもいろいろと方法はあるのだ。それが精霊語や精霊魔術式陣を用いた精霊魔術だが、今回は魔術の基礎しか習わないので詳しくは触れないでおこう。
六は魔力の回復についてだ。
魔力は日常生活を送る程度ではほとんど減る事は無いが、魔術として使ったらガンガン減っていく。通常の魔力総量なら1日も経てば、魔力を全て使ったとしても元の魔力総量にまで戻る。だが魔力の溜まる量は時間に比例するみたいなので、魔力総量が多いと元に戻るのに時間が掛かるようだ。
七は魔力の性質に大きく関わっている。
三で説明した通り、魔力は使う者の意志で形が変わる。なので時間が経ち、術師の意志が薄れる頃になると形が保たれず自然の魔力に還るらしいのだ。固定という概念を付け加えると多少は保つらしいが。
次は精霊についてだ。
まず精霊とはそもそも何なんだという話なんだが、ある本にはこう書かれてあった。『精霊は大気であり大地であり海である』……つまり世界そのものだよ、という意味だ。
精霊は魔力そのもので形づくられている。人型が多いらしいが実体がないので、実際にはこの世界に存在する物になら何にでもなれるらしい。意志がちゃんとあり、一人一人個性があると[精霊奇談集]という本に書いてあった。
精霊がどうやって生まれるかというのも解明されている。
精霊は初めは確固とした形や意志はないただの自然界に存在する魔力だが、ある程度の期間が経つと意思が生まれ属性を帯びていき、形が出来て個性が生まれるらしい。その期間が大体1000年ぐらいというから驚きだ。気長過ぎるよ。
精霊には位があり、辛うじて形があるというだけの下位精霊、形があり自分の属性を操れる中位精霊、中位精霊が更に力をつけた上位精霊がいる。上位精霊は大精霊とも呼ばれている。
あちこちに精霊はいるらしいが、一番数が多いと言われる下位精霊は魔力密度が小さくて基本的には人には見えないらしい。見えるのは中位精霊からで、感度表も中位精霊が基準になっている。私の傍にいるのも多分中位精霊だと思う。大精霊は魔力密度が高いので、感度が低い人でも見る事ができるらしいからだ。
精霊は好きなように世界を漂っているそうだが、好奇心が旺盛で気に入った人や場所、物のある所に留まる事もあるそうだ。精霊の王と呼ばれる精霊もいるらしいが、伝説になっていて実在は不明だ。
次は魔術についてだ。
この世界には魔力を専門に用いる人の称号が幾つかある。
精霊術師、魔術師、精霊魔術師、治癒魔術師、魔導術師、魔導術技師の6つだ。
前の4つはリース暦が始まるずっと以前から既に存在しているようだ。
精霊術とは精霊が自然界にある魔力を用いておこなう術だ。
精霊は世界そのものだ。当然扱う魔力も大きく威力もある。天災を起こせる程度には強力らしく、人にはとてもじゃないが使えない術だ。
なので人は精霊と契約する事で、契約した精霊にお願いして精霊術を使ってもらっている。実際には精霊が使っている術なのだが、契約した人を精霊術師という。
精霊術師になるには精霊と契約しなければならない。なので最低条件でも精霊と意思疏通できる人でないとなるのは不可能なのだ。
精霊と自由に意思疏通できるのは、人族では極々一部だ。それこそ神官になる人しか思いあたらないぐらい少ない。しかも契約には色々と条件があるらしく、意思疏通できるからといって必ずしも精霊と契約出来る訳でもないらしいのだ。この辺は感度一の私には関係ないのでどうでもいいのだが。
精霊術師というか神官はこれの他に神術という術が使えるらしい。神術は生命神力を鍛える?術で精霊との対話や広範囲の結界術、身体強化等がそれに当てはまるみたいだ。だが詳しい事は神官以外にはあまり広まっていないようだ。
とにかく、精霊術というのは多くの人には縁が無いものだ。
だが大昔に精霊術を模倣して、自分の魔力だけを用いて再現した人がいた。それが魔術だ。
低威力だが精霊の助けを必要としないし、日常生活にも応用が利く。なので魔術はあっという間に人の間で広まっていったそうだ。
魔術は大きく分けて4種類ある。
水や火を出現させるだけの基礎魔術(これは一般的には生活魔術と呼ばれる事の方が多い)、次に攻撃性の高い攻撃魔術、防御性の高い防御魔術、最後に治癒力を高める治癒魔術だ。
魔術師とは、攻撃魔術や防御魔術に優れた者に与えられる称号だ。
治癒魔術に優れた者は、性質が少し異なるので治癒魔術師と分けて呼ばれている。
魔術が生まれたあと、精霊とちゃんとした契約をしなくても精霊の力を借りて高威力の術が使える精霊魔術が開発された。こちらも使い勝手は少し悪いがじわじわと広まっていく。精霊魔術に特化した人は精霊魔術師と呼ばれる。だが精霊魔術はあくまでも魔術の延長にあるのでまとめて魔術と呼ばれる事も多いみたいだ。
この2つの魔術は現在リリアス大陸の多くの国々で、義務教育の必修科目として取り入れられるほどまでに浸透している。
魔導術師、魔導術技師は精霊の力を借りずに使える高威力の魔術や技術を開発している人たちのことだ。精霊術や魔術、精霊魔術にも精通しているようで専門職というイメージが強い。
歴史が一番浅く(といってもリース暦より前には存在しているが)、未だに発展途上らしい。
大分遠回りになったが、最後に今から習う攻撃魔術と防御魔術についてだ。
まずは攻撃魔術の定義だ。
一、発動しただけで相手に損傷を与える可能性があること。
二、発動した場所に固定されていないこと。
三、攻める、退ける効果があること。
四、以上の3つが全て当てはまっていること。
次は防御魔術の定義だ。
一、発動しただけでは相手に損傷を与える可能性が無いこと。
二、発動した場所に固定していること。
三、防ぐ、守る効果があること。
四、以上の3つが全て当てはまっていること。
三については表裏一体のような内容だが、ほとんどの魔術は大体どちらかに分けれるらしい。
基本的な講義が終わったので、次は実践に移る。魔術に関しては長々とどんな術があるのか説明するよりも、体で覚えろという感じなのだ。
という事で午後からは外に出て行います。
家から5mほど先にあるベリアの木の枝に、紐で適当に木で出来た的を括りつける。
今日は攻撃魔術の基礎1を習う事になった。これは学園で必修授業になっている科目らしい。
なぜ攻撃魔術からかというと、魔力の操作が攻撃魔術の方が教えやすいからだそうだ。攻撃魔術から修得した方が防御魔術を修得するのが簡単らしい。掛け算の後に割り算を習うようなものだろうか?
攻撃魔術で習う基礎には水・火・土・風の4つがある。他にも氷の攻撃魔術とかもあるが、基礎は基本的にこの4つしか習わないらしい。
攻撃魔術の基礎1は水属性だ。基礎2が火属性で基礎3が土属性、基礎4が風属性だ。
火と水は0から魔力で作り出せるが、土と風は増幅する事でしか作り出せないみたいだ。何故なのかはよく分からないが、そういうものなのだそうだ。
ちなみに治癒魔術の元になっている木属性の魔術は、習得が困難な割にほとんどの人は植物の成長の促進しかできないので必修授業から外されている。しかも促進と言っても、込めた魔力の大きさに対して成長があまりにも微々たるものなので、不人気極まりなかったらしい。だが母様も御祖父様も治癒魔術が使えるので、私もしかしたら使える可能性があるかもしれないと思うと必修授業でないのは少し残念な気もする。治癒魔術を習うには治癒の専門学校に行くしかないみたいだ。
話を戻そう。
魔術でいう属性とは本来は精霊の属性の事を指しているので、精霊の力を借りずに自分の魔力だけを使う基礎魔術では属性は直接的には関係がなかったりする。
けれど攻撃魔術の応用編で精霊魔術を習うので、精霊の事を意識しておくために水の魔術ではなく水属性の魔術と習うらしいのだ。
今日は攻撃魔術の基礎1-1をする。基礎1-1は水属性の一番簡単な魔術という意味だ。
魔力で水を出現させ、ある程度圧縮させて的まで飛ばすというものだ。
つまり水弾とかですね。分かります。
アンヌが実践して見せてくれる。魔術はイメ-ジがものをいうので、一回でも実際に見た方がやり易いらしいのだ。
アンヌの胸の辺りに掲げた手の内側に、水が出現して集束していく。この間3秒ほど。
そのまま予め用意されていた木に吊るされた的に、それを飛ばした。
見事に命中した分厚い木の的は、勢い良く弾かれて濡れてしまった。
基礎1-1は本当に初級で、威力はそんなに無いみたいなのだ。拳で殴るよりはほんの少し痛いぐらいらしい。なので的が壊れる心配はしなくていいそうだ。
私は一部始終を見て、これも生活魔術のようにすぐに出来るだろうと高を括っていた。生活魔術がすでに完璧にできるようになっていたし、魔術に関する本もたくさん読んでいたので大したことは無いだろうと思ったのだ。
まぁ結論から言うと、全然簡単じゃなかった。
まず水が空中に留められない。水を出現させても圧縮させるどころではなくて、すぐに落下して地面を濡らしてしまう。それを10回ほど繰り返して、漸く1秒ほど空中に留められるようになった。
疲れとかはそんなに感じないんだけど、出来なさすぎて冷や汗をかいた。とんでもなく難しかったのだ。
私には魔術の才能が無いのかと思ってアンヌに聞いてみたら、初めは皆こんなものらしい。
……慰めとかじゃないよね?
これを数年かけて繰返し練習してモノにしていくらしいのだ。正直嘗めていた。
スポーツと同じで、繰返して練習しなければ身に付かないらしい。魔術を使うのが向いていない人もけっこういるらしく、その人たちは剣術とかに力を入れるようだ。
だが私は折角、他人より魔力値が高いのだ。ちょっとした憧れもあるし出来るなら魔術を使えるようになりたかった。
という訳で、この日から私の攻撃魔術の訓練が始まった。
魔力とか魔術とか精霊とかの説明回ですね。読みにくいとか、分かりにくいとかがあれば指摘してもらえると助かります。