町へ行こう1
リース暦3000年8月24日人の日
私が母様と父様に地球からリースに転生した事をカミングアウトしてから4日が経った。
2人はなんとあれから、私の代わりにルイスを探してくれていた。巻き込むつもりは無かったが、私が転生した事に関する調べ事は全部任せてほしいと言われたのだ。
思いがけない事だったが、正直一人で調べるには精神的にも限界だったので助かった。
2人には転生する前の私の事や、ルイスの事に関しても詳しく尋ねられた。
私は自分の生い立ちや、性格のことについては簡単に話した。無愛想だったとか、目つきが悪かったとかだ。
家族の事を話したらなんか辛そうな顔をさせてしまったが、違うんだっ! 育児放棄とかされていた訳じゃなくて、ただコミュニケーションが少な過ぎただけだなんだ! そのことを納得してもらうのに、なぜか一番時間がかかった。
私の友人であり、私が異世界に転生した事に大きな関わりがあると思われるルイスの事も詳しく話した。
外見は金髪でかなり美人、性格も頭もいいのに変なところで抜けていたりする、放課後にはいつもいなくなり不思議な行動をとっていた、などだ。
私が死んだ後に見たルイスの特徴も、覚えている限りで図や絵も描いて説明した。深い青色の銀の刺繍の入った聖職者の着るようなローブを着ていただとか、銀色の長い美しい髪だったとかだ。
するとこれで思いがけない事が分かった。母様と父様はルイスの着ている服に覚えがあるというのだ。この世界の神官職に就いている人が、こんな格好をしているらしい。
……ほんとに聖職者だったのかよ。吃驚したわ。
ともあれルイスの職業が、まだ断定はできないが発覚したのである。
この世界の神官の主な仕事は、国や町に張っている結界の管理だ。結界の管理という事は、当然魔物とは敵対している関係にあるという事だ。
この際深い理由や方法はともかく、ルイスが魔物を倒す為に勇者を探しに地球に来たという可能性が現実味を増した気がした。
大きな手掛かりだが、神官の服は国や役職により色が違う。母様と父様は深い青色の神官服は見たことが無いと言っていた。
2人は、神官なら公に探しても危険はないだろうと言い、次の日からさっそく神官が勤めている聖堂に行って問い合わせてくれた。
情報に信憑性もないし子どものただの戯言では、と言われ相手にされないかもしれないと危惧したが、母様と父様のしっかりした身分と町での実績のおかげで、不思議に思われつつも探してくれる事になったらしい。
一度だけ、どんな危険が2人に降りかかるか分からないから、不安に思って止めようとした。だが、大丈夫だと言って私を安心させるように微笑んだ母様と父様を信じる事にした。
母様と父様は、リース条約があるにも関わらず異世界に神官が行って何をするつもりだったのかは分からないが、巻き込まれた私には知る権利があるだろうと言ってくれた。
2人が完全に私の味方をしてくれるという事に、私は嬉しくて泣きそうになった。
これならルイスもきっとすぐに見つかるだろう。神官服の色がどこの所属かさえ分かれば、名前も分かっているのだ。簡単に居場所は特定できるはずだ。
今はその結果がわかるまで待つしかない。
だがそれまでと違い、私はもう一人じゃない。そう実感すると随分と心に余裕が生まれていた。
余談だが、記憶を引き継いだままの転生というのは、やはり生まれ変わりという概念があるこの世界の住人からみても異質なことだということが分かった。
あと母様が一応、人為的に転生は可能な事なのかと神官に聞いてみたところ、それは神の領分でそういう事例は人為的に起こせるような事ではない、と言われたそうだ。そりゃそうだろうな。
でも神か……。
いや、やっぱりないな。
ルイスは絶対に神ではないという結論に至ったのだ。
誰が何と言おうがない。
……ないよね?
まぁともかくルイスが神かは置いておいて、転生や召喚については父様が別の伝でさらに調べてくれるそうだ。あまり大きな期待はしないでほしいと言われたが、十分ありがたかった。
まだ何も分かってはいないが、一気に道が開けたような気がした。
母様と父様が頼もしすぎる。なんかもう私の中で2人に対する信頼とか愛情とかがMAXを振り切っていた。
今日は午後から聖堂に行く予定だ。問い合わせた結果はまだ出ない。それとは別の件で行くのだ。
前に少しだけ言っていた私の魔力の大きさ、魔力値をこれから調べてもらいに行くのだ。
魔力値は生まれてから1年以内に測るものらしいが、私の魔力がその時に測ったものより大分大きい可能性があるということで、測り直してもらいに行くのだ。
ルイスが私の記憶を5歳まで封印すると言っていた事と何か関係があるのかもしれないが、それを確かめる術はない。
魔力値は身分証にも記録される個人情報らしく、生年月日や血液型と同じ扱いだ。
普通の一般的な魔力値は700~800程度だ。私は800ぐらいのはずだったのだが、アンヌが言うにはもっと大きいらしい。なので今回、母様が時機を見て取っていたらしい予約が今日だったので、聖堂に行くことになったのだ。
町に行くのは初めてだ。心に余裕が出来たおかげで、親子3人で行く町が楽しみに思えた。
「それじゃあ行きましょうか、エルナ」
「はい、お母様。お父様」
今日は人の日なので2人共休日なのだ。
昼御飯を食べてさっそく出掛ける事になった。魔導電車に乗って行くのでそれも楽しみだ。
村の中央にある電車乗り場まで、母様と父様と手を繋いで歩いて行く。
私の今日の服装はいつも通りワンピ-スだ。色は藍色で、少し涼しくなっているので長袖だ。 母様と父様も普段と同じような動きやすい格好をしている。
こうして並んで歩いていると、ちゃんと家族に見える気がして恥ずかしいやら嬉しいやらでそわそわしてしまう。
町の事を聞いたりしながら、ゆっくり歩くこと10分で駅に着いた。駅といっても地面より一段上がっただけの屋根のついた石畳とスロット村を示す看板、あとちょっとした町の地図があるだけだが。
駅員さんもいないし、改札機なんかも無い。
切符はいつ買うのだろうか。バスみたいに乗ってからお金を払うのかな。
というか今まで硬貨や紙幣らしきものを見た事がなかったが、その辺がどうなっているのか今日こそ分かるかもしれない。
クレジットカードのようなものはあると本には書いてあったのだが、それ以外の事は載っていなかったのだ。
因みにお金の単位はptだ。
母様と父様は2日に1度買い物をしてくるのだが、すべてクレジットカードで済ませているらしく、現金を持ち歩いている様子がない。聞いてみた事はあったのだが、文法が可笑しかったのかあまり言いたい事が伝わらなかった為に分からないままだったのだ。
魔導電車がやって来た。相変わらず煙の出ない汽車にしか見えない。
魔導電車は機関部を合わせて5両編成だ。さっそく階段を上った。
段数は5段で、すぐ横にはスロープもあった。内装は暖かみのある茶色で清潔感があり、中は幅広で1つの車両に50人ぐらいなら乗れそうな気がする。車内の内側を向いた長椅子が外側に2つと、中央に外側を向いた長椅子が2つある。吊革っていうか紐?が天井付近の壁から壁に何本か吊るされていて、サーカスの綱渡りみたいでちょっと不思議だ。
私達以外にお客さんは誰も乗っていなかった。運営とかは大丈夫なのかと思いながら適当に座る。
リンリンリンリン、と小気味の良い鐘が鳴り響いた。
電車が動き出す。
自転車より少し速いぐらいの速度で、町までの距離をのんびりと進んでいく。
今から行くのはナリスという町だ。
ところで、この世界の国は形が変わっている。
国は、結界に合わせてできた円形の都市で幾何学的に構成されているのだ。地図を見ると、丸だけで作った8角形の雪の結晶のようにも見える。
ナリスという町は1つの大きな市を4つに区切っている内の1つだ。4つの町の中心地的な所で、市庁みたいな役所がある都市だといえばいいだろうか。
この4つの町と、その周りにあるスロット村を含む4つある村を合わせて郡という。つまり市みたいなものなのだが、郡の方が合っている気がする。世界観的な意味で。
この郡が結界の最小単位でもある。
この郡よりさらに大きな都市郡があり、その周りに郡が8つあるのだ。その一塊で州という。まぁこれは都道府県のようなものだな。
州の中でも首都州が一番大きな所だ。首都州を核にして、周りに州が8つある。その州がさらに外側に向かって、真っ直ぐに3つずつあるのだ。
それらの州を全てまとめてウルヴァークリップ州という名前で呼ばれている。
魔物避けに3重も壁があるのは実は首都州だけだったりする。
だけど壁が広大だった為に、昔は結界を張れる人材がいなかったそうだ。必要なかったともいえる。
なので魔物の被害については、首都州の方が安全だという事では必ずしもなかったらしい。
本来なら首都州を王都と言い、王都を合わせた33州で一国といっていいはずだったのだが、エヴェリット王国はその国の成り立ちから18の国でできている。
なので外側の州の一部が重なって首都州と首都州が繋がり合い、多重都市国家が形成されているのだ。ということで、私が現在いるウルヴァークリップ州はただの一都市なのだ。
余談だが、私の家の住所を書くならエヴェリット西王国ウルヴァークリップ州6-4-5スロット村という風に書く。
エヴェリット西王国、ウルヴァークリップ州はそのままの意味だ。
6は首都州からみて時計回りで6番目に属している州という意味。
4はその州から3つ先にある州という意味。
5はその州の都市郡からみて時計回りで5つ目の郡という意味だ。
手紙を出したりする時はその郡に属しているスロット村と書いて宛名さえ書いておけば、小さな村なのでそれだけで届く。
スロット村はエヴェリット西王国の第二王都からは一番遠い所にある村らしく、それで村の人達はこの村を辺鄙な村だと言っていたのだった。
しかもエヴェリット王国とエヴェリット西王国は厳密には直接繋がっていないので、ここは王都からはさらに遠く離れたところにある都市だったりする。
だが王都から遠く離れたこの州だけでも、この州の人口の200万人の人が不自由なく暮らしているらしいのだ。
この世界の文明ってかなりすごいんじゃないかと思う。本で予習はしたが町に行くのが俄然楽しみだ。
窓の外をべリアの木や草原が延々と流れていたら、あるところを境に突然建物が現れた。
町に入ったのだ。当たり前だが人が沢山いる。
なんか服装が現代の日本っぽいのがちらほらと見掛ける。セーター着てる人とかがいるんだけど。
紋章の入ったローブやコ-トを着ている人も結構いた。中世欧州と現代が混ざったような不思議な感じがする。
やっぱり異世界なんだなと改めて実感した。
町の建物は、3階とか4階建てのものが多い。石造り?いやコンクリートかな?よく分からないけど重厚で丈夫そうだ。
デザインも窓の形とかが建物によって全部違うし、色も一色じゃなくて所々色分けしている。暖色系の色の建物が多くて、オシャレな感じで格好いい。
ていうか道がちゃんと舗装されてるっ!!
……スロット村はもしかしなくてもかなりの田舎だったようだ。
窓に張り付いて外の景色をずっと見ていたら、複数のホ-ムが見えた。
電車が速度を落として止まる。
ハッと我に返って母様と父様を振り返ると、微笑ましげな顔と目が合った。
まさかずっと窓の外に夢中になっていたのを見られていたのか?
は、恥ずかしいっ!
顔が紅くなるのを感じつつ、母様と父様と手を繋いで電車を降りた。
あれ? というか結局切符も買ってないし運賃も払ってないけど、もしかしてタダ!? 無料なの!?
そのまま魔導電車を降りて違うホ-ムに向かった。乗り換えをするみたいだ。
少しの間待つとすぐに電車が来た。今度の電車は汽車っぽくなかった。
というか、日本で普通に見たことのあるような路面電車だった。
え、何? もしかしてあの汽車の外観って飾りだったりするの?
……夢が壊れるのでこれ以上の事を考えるのは止めた。
電車に乗り込むと人がまばらに乗っていた。なんか注目されている気がするんだけど気のせいかな?
「ウ-ナさん!こんにちは」
そう思っていたら母様に声をかける人がいた。
「あら、クロッド。こんなところで会うなんて偶然ね」
「はい。ベガさんもお久しぶりです。ご家族でお出掛けですか?」
「ああ。これからナリスへ行くんだ」
母様と父様の知り合いのようだ。随分と気安い雰囲気で話している。親しい人なんだろうか。
まぁ人といっても人族ではなくて、この世界で代表的な精霊族であるエルファ族なんだけどな。
間違いない。外見を見たら分かる。
木の精霊を祖に持つと言われているエルファ族は、髪の色が緑色で切れ長の目にすらっとした鼻、ほんの少しだけ尖った耳が特徴だといろんな本に書いてあった。
今私の目の前で母様と父様と話している人は、その全ての特徴が当てはまっている。何より最大の特徴である美しさが、その人をエルファ族だと物語っている。
エルファというのは‘かの美しき精霊の子’という意味だと[精霊奇談集]という本にも書いてあった。
エルファ族は美しい、というのはもはやこの世界の常識の一つなのだ。
最初はどこのファンタジー世界のエルフだよと思ったりもしたものだが、実物を見るとそんな考えも吹っ飛ぶほどの美しさでした。
感動したが、何て言うか、服装が……うん、ラフすぎるだろっ!?
ぱっと見、長袖のTシャツにジ-ンズだ。キャスケット帽みたいな帽子を被っていて、片掛けのリュックを背負っているというなんともフットワークの軽そうな格好をしている。
こんな格好をした大学生を見たことあるぞ。まぁ似合ってるんだけど。
20代前半ぐらいに見えるが、この世界の人の外見と年齢が未だに全然結び付かないので本当の所は分からない。しかも精霊族だし。
精霊族は平均寿命が300歳を越えていて、人族よりもさらに老いにくいらしいのだ。
性別とかよく分からないぐらい美しいが、よく見たら胸があった。
いや、小さいとかそういう事じゃないよ?! ただ顔だけじゃ性別が分からなかっただけだ!
そんなくだらない事を頭の中で思っていたら、いつの間にか好奇心いっぱいの目でその本人にじぃっと見つめられていた。
思わず後ろめたさも相まって、後退る。母様と父様と繋いでいた手に力がこもった。
「エルナ、この人はお母様と同じ治癒院で働いている友人よ。クロッドさんというの」
そう言って母様が安心させるように微笑んだ。
「こんにちは、エルナちゃん。君が赤ちゃんの頃に会った事があるけれど、もうこんなに大きくなっていたのか」
私に目線を合わせるようにクロッドさんがしゃがんだ。
赤ん坊の頃をよく知らない人に知られているという事に、ほんの少しの気恥ずかしさを覚えながらも挨拶を返す。
「こんにちは、クロッドさん」
ペコリと頭をさげると、偉い偉いという感じで頭を撫でられた。
「エルナちゃんは相変わらずその風の精霊に好かれているみたいだねぇ」
「えっ?」
何の事だろう。風の精霊がたまに傍にいるらしいのは知っているが、相変わらずってどういうことだ?
「クロッド、エルナの傍にいる風の精霊はエルナが生まれた頃から傍にいる精霊なの?」
母様が顔を引き締めてクロッドさんに聞いた。
精霊というのはどこにでもいるのが普通だが、気まぐれで同じ場所には留まらないはずなのだ。
「ええ。珍しいですね。それも風の精霊ですし」
私がよく分からないと首を傾げると、クロッドさんが教えてくれた。
「風の精霊は他の精霊達と比べても、あまり一ヵ所に留まったりしないんだよ。よっぽど気に入られてるんだねぇ」
それは、どうなんだろう。
私の異常性をもう知っている母様も引っ掛かりを覚えたのか、空いている手を顎に持っていき少し考えていた。
「クロッド、なぜ傍にいるのか聞けないかしら。エルナは精霊を感じられないのよ」
「ええっ! そうなんですか? わかりました。そういう事なら聞いてみます」
そう言うとクロッドさんは私の頭の上あたりに視線を向けた。
『★◎◇○☆▼⊃⊇⇒△?』
クロッドさんがリリアス大陸語でない言葉で何かを言った。これはきっと、精霊が話すと言われている精霊語というやつだろう。
私は無駄だと思いつつも、精霊の言葉が聞き取れないかと耳をすませた。
数秒が過ぎる。
「……すみません。私は嫌われているみたいですね。答えてくれませんでした」
クロッドさんが苦笑して困ったような顔でそう言った。
「いえ、いいわ。ありがとうクロッド」
「でも、あまり気にする事もないと思いますよ。精霊が何を切っ掛けに人を気に入るかなんて、分かりませんから。放っておいても別に害にはならないだろうし。何でしたら、聖堂の神官になら答えてくれるかもしれません。ナリスに行くなら寄ってみてはどうですか?」
「ええ。ちょうど聖堂には行く予定だったし、聞いてみるわ」
そのあとは電車が目的の駅に着くまで、何気ない会話が交わされた。
ナリスに着き、目当ての駅で電車を降りる。やっぱり電車はすべて無料みたいだった。ここからは徒歩で聖堂へ向かう。5分も歩けば着くらしい。
せっかく来た街を眺めたいところだったが、私はそんな場合ではなかった。
電車の中からずっと、私が生まれた頃から傍にいるらしい風の精霊のことを考えていたのだ。もしかしたらこの精霊は何かを知っているのかもしれない。
そう思ったのは母様と父様も同じらしく、聖堂に着くまでに色々と話し合った。
結果、まず神官に精霊の事を聞いてみてそれから手掛かりがありそうならそれも調べるという事になった。
精霊は基本的に善良な存在らしいので、精霊が傍にいる事自体は気にする必要はないらしい。
というか母様と父様がいて本当に良かった。私一人だと風の精霊がずっと傍にいたという事が分かったとしても、きっと誰かに聞くのを躊躇ってずるずると時間だけが過ぎていきそうな気がする。
そんなこんなで本当に歩いて5分で聖堂に到着した。