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異世界リース物語  作者: ジーン
第二章
14/28

2ヶ月後

主人公視点に戻ります。

 リース暦3000年8月20日風の日



 秋が深まってきた。

 こちらは7月からが秋になる。あと半月もすればスロット村に収穫期が訪れて、町から日雇いの労働者が来るらしい。

 私は家のすぐ近くに生えているべリアの木に背をもたれさせながら、周りの景色を何となく眺めていた。

 もうすぐで日暮れになる。


 何故私がこんな所でぼんやり景色なんて見ているのかというと、行き詰まったのだ。それはもう完全に行き詰まった。

 本を読んでもルイスの手掛かりになりそうな知識はもう無かった。

 [勇者召喚物語]に出てきた召喚魔術の事とか一応調べようとしたのだが、そもそも禁術なので資料になりそうなものすら無い。

 なので本から得られるめぼしい知識がなくなりつつある現在、息抜きに外に出て何か他に情報源が得られないかを考えていたところだったのだ。


 ルイスの事を人に聞いて探すにしても、情報があやふや過ぎる。

 金髪もしくは銀髪の美少女または中性的な少女で、10代半ばぐらいのルイスもしくはルイセルシアという名前の人をご存知ありませんか、なんてそこら辺の人に聞けるわけもない。

 それにルイスが誰かに命を狙われている可能性がある以上、闇雲に探すのは避けた方がいいだろう。

 

 私はルイスに転生させられてこちらの世界に来た。

 この認識が正しければ、ルイスはこの世界の法で照らし合わせれば犯罪者の可能性だってあるのだ。


 リース条約で定められている条文に照らし合わせれば、勇者召喚禁止法とは異世界から勇者(・・)を召喚してはいけないというものではなく、異世界から何の関係のない()をこちらの世界に召喚する事を禁じる法なのだ。

 召喚魔術の事が知りたくてリース条約に関する本を読んだが、勇者の召喚が駄目なら私みたいに転生させればいいじゃん、というような法の隙間に入り込むような言い訳が通る感じの内容ではなかったのだ。


 すべて憶測でしかないが、ルイスの正体が分からない以上慎重に行動しなければならない。

 だけどどちらにしろ、5歳の私ではほとんど何も出来る事は無かった。

 行動範囲が広がればもっと情報が得られて探しやすくなるかもしれないが、今のところ情報を得る手段が欠けている。

 家にある父様や母様の持っている本も機を見て読ませてもらったが、ルイスに繋がりそうな有力な情報は無かった。

 ルイスが私を転生させた方法も依然として不明だし。



 ……いや、1つだけあったな。


 リリアス大陸には1つの宗教がある。

 子ども向けの絵本の[リース神話]にも書かれていたが、この世界を創ったとされる人神(ジンシン)と呼ばれる神がこちらでは多くの人に信じられている。元魔界(いせかい)の神であった魔神(マジン)は隣の畑のような認識なのか、リリアス大陸ではあまり知られてはいないようだ。

 どちらにしろ私は正直半信半疑なのだが。


 リースでは死ぬと死後に人神に出会い、そこで何の問題も無ければ魂は天界に行って心穏やかに過ごせるが、魂が汚れていると見做されると死後に魂が浄化されて再びこの世界に生れ落ちる。


 そのような死生観がリースでは多くの人に信じられているのだ。

 生まれ変わりという概念がこの世界にも存在しているのである。ただの宗教だとは思うし、だから何だと言われるとそれだけなんだが。



 私はこうして転生する前までは、神様は存在するとか言われても宗教的な価値観の意味でですねふ~ん、という感じで全くもって信じなっかったに違いないのだ。

 別に馬鹿にしているわけではないし、何を信仰するのもその人の勝手だと思っている。それをわざわざ否定する気概なんて私は持ち合わせてもいない。


 私がカミサマを信じていないのは、とくにこれといった確固たる理由や信念があるからではない。

 ただ何もかもを超越した能力(ちから)を持ちながら、さらには人格を備えているといわれる存在(モノ)をどうしても信じられないだけである。


 日本の宗教観の一つでもある、道端に転がっている石一つにも神は宿っているという八百万の神みたいな、アニミズム的な価値観には大いに賛同できるのだが、そこに神としての人格が介在すると言われると、とたんに疑いの目で見てしまう。


 私は超常現象や人間の性質に、人格を持った超越者(カミサマ)が介入する必要があるのかと考えてしまうのだ。

 なので宗教とはその人にとって生きるうえで必要な教義かどうかだけだと思っていた。……この世界に転生する前までは。


 神様がもしいたとしたら、死んだときにその答えが分かるかもしれないと何となく思っていた私だったが、結果はこの通りである。

 死後の世界なんてお粗末にも信じているとは言えなかったが、まさか友人によって訳の分からない間に転生させられるとは思わないだろう。


 魂みたいな存在は確認できたが、それイコール神がいるという事にはならない、と信じたい。悪あがきっぽいが、ここまできたら実際に見るまでは信じないぞ。

 ルイスが神だというのはもちろん論外である。



 



 私は長い事木にもたれたままだった。

 日はとっくに沈み、辺りは薄暗くなっている。

 今後のことを考えると溜め息がこぼれた。


 別の問題もあった。

 私が罪悪感やら前世の記憶があるのをバレたくない気持ちから母様や父様との距離を一歩引いている事に、どうやら気付かれていたのだ。

 何度か理由を尋ねられたりしていて、本当の事など言う気はないがとっさに上手く答えられずに心配そうな顔をさせてしまった。


 私が2人を避けているのは保身のためでもあるけれど、今まで迷惑を掛けてきた上にさらに現在でも裏切っているような気がして、申し訳ないという気持ちが大きい。


 根本的には私個人のせいではないと思うが、5年間も本来なら必要なかった心配をさせた事は間違いない。

 そして私が今している事は、ルイスを探す為やこの世界の情報を得る為に2人を騙して利用しているようなものだ。

 勿論それだけではなかったが、私は2人の子どもとしてではなくどちらかというと“私”個人の為に行動しているのだ。

 なのに両親は私のような異物に、何も知らずに普通に愛情を注いでくれている。

 その事を意識する度に心がひしひしと軋むような錯覚に襲われる。


 ただでさえ、私が家族との接し方をよくわかっていないのも悪かったのだと思う。

 前の両親は何というか放任主義で、家族というには他人よりも遠く感じる事が多かった。

 常に寂しいという気持ちを抱いていたが、それが当然だったのでとっくに諦めていた。愛されていなかった訳ではないが、コミュニケーションとかが決定的に足りていない家族だったのだ。


 私はその足りていなかった愛情(ふれあい)を家族以外で満たしていた。

 それは友人達に向けた信頼だったり、近所のお婆さんに向けた擬似的な家族愛だったり、クラスメイト達や先生に対する親愛だったりした。

 私は家族との触れ合いというものをこれまで諦めて生きていたのだ。

 なので1週間が経って生活が落ち着いた時、今更できた新しい家族とどう接すればいいのかが急に分からなくなったのだ。


 2ヵ月が経っても根本的な部分がいきなり変わるはずも無く、それも含めて必然的に余所余所しくなってしまった。

 このまま距離を置いても今の両親はきっと悲しむだけで、何も解決はしないだろう。

 信じてもらえない可能性もあるがいっそ全てを言って、向こうから距離を置いてもらう方が今の状態よりは心が休まるかもしれないとは思った。

 けれど、それを行動に移せる度胸はない。


 もし嫌われて冷たくされたら、冗談を抜きにしても号泣する自信があった。

 それくらい私は今の両親の事を好いていたし、もしかしたらこれが私の知らなかった家族愛というやつなのかもしれないのだ。

 それをあえて自分からぶち壊しにするような事はしたくない。そういう自分勝手な考えがあった。



 俯いて足元を見つめても、結局今の状況が好転するような考えは浮かんではこなかった。




 暗澹たる気持ちになり目に涙が滲む。

 最近よく泣いてしまうことが多かった。

 地球にいた頃は滅多に泣く事は無かったのに、こちらでは心が常に不安定で油断するとすぐに泣いてしまう。

 どうしようもないともう諦めているが、これがこれからも続くと思うとさすがに辟易する。

 慣れる日が一刻も早く来てほしいと思った。









 ――ルイスの事を忘れて。


 ――昔の記憶も無かった事にして。


 ――疑問を全て押し殺して。




 今からでも家族との生活を選んで、普通の子どものふりをして生きていくのなら、きっとこの悩みからは幾分か解放されるのだろう。

 だけれど目の前で殺されそうになっていた友人を忘れて、安穏と生きていくなんて私には出来ない。


 私の知らない所で起こった何かのせいで、今回も何も出来ずに急に終わってしまう未来が来るかもしれない。

 そう思うと何もかも忘れて、ただ2人の子どもとして生きる選択肢をどうしたって選べなかった。


 何時(いつ)だって一番大切にしたいものは、私の手の届かないところにあるのだ。

 

 うまくいかない現実を思い、歯を食いしばった。



 ……この思考の流れは不味い。

 そう思っても遅すぎたようで、目から涙が溢れてきた。

 その場にしゃがみ込み、声を押し殺して泣く。


 ここが外で良かった。

 今日は両親が仕事は休みなので、珍しく2人揃って家に居るのだ。

 前に一度泣いているところを見られて、随分と心配させてしまってた。

 いつもは隠れてこそこそ泣いていたのだが、その時は我慢出来ずに母様がいる近くで泣いてしまったのだ。心配をかけるだけなので隠しておきたかったが、感情の制御がまったく利かなかった。


 隠れる事を考える前にぼろぼろと泣いてしまうことは、今までにも何度かあった。

 私は泣くという行為はストレス発散になると思っているので、泣く事自体を我慢する事はあまり無かった。

 泣き終えると少しの間とはいえ不安が軽くなるのだ。

 だがそれを見られて両親に心配をかけるというのは、余計に心が重くなるので本末転倒だ。



 蹲ってひたすら時が過ぎるのを待つ。

 けれど一人で泣いているということに、さらに涙が出てしまう。

 このまま泣き止めないのじゃないかと暗い気持ちになった。

 心が随分と弱っているのが自分でも分かった。両腕に顔を埋めて、身動き一つせずになんとか堪えようとする。


 ふと、風が頭を優しく撫でた。

 もしかしたら風の精霊とやらが慰めてくれているのかもしれないと、自分の都合よく考えた。

 それでもどうしようもなくなって、何も考えないようにしてただ涙だけを流した。

 そのまま辺りが真っ暗になるまで膝を抱えた。

 今度こそ、泣き止める気がしなかった。







「エルナ」



 一瞬身体が強張った。

 後ろから母様の声がした。

 私からほんの少し離れたところにいるのが、思ったよりも近くから聞こえた声で分かった。


 とっさには動けず、返事ができなかった。足音に気付かないほど平静でなかった自分に、心の中で悪態をついた。

 足音が近付いて来る。私は頭が未だにぐらぐらしていて、どうすればいいのか何も考えられない。

 顔を隠すように俯く事だけが辛うじてできた。


 母様が私のすぐ傍までやって来てしゃがみ込んだのが、衣擦れの音で分かった。


「エルナ。泣くのは仕方がないけれど、こんな所で独りで泣いては駄目よ」


 ひどく優しい声が鼓膜に届き、私はそのまま抱き締められた。

 背中をゆっくりと撫でられて、今度はさっきとは違う涙が頬を濡らした。


「ここは少し肌寒いわ。家の中に入りましょう」


 私はぼんやりした頭でゆっくりと頷いて立ち上がった。

 右手で目を押さえながら、左手で母様と手を繋ぎ家に向かって歩き出す。母様はその間、私に何も聞かなかった。




 リビングに辿り着くと、父様が驚いた様子で傍に寄ってきてとりあえず椅子に座るように促された。

 大人しく椅子に腰を掛ける。頭はまだぼんやりとしていた。

 手を繋いだまま私の隣に座った母様に代わって、父様が大きめの肩掛けで冷えた身体を包んでくれた。きつく絞ったタオルやら果物も用意してくれた。母様にタオルを手渡されて顔にあてた。


 私の涙が止まるまで待ってくれた父様が落ち着いた声で話し出した。


「エルナ、君は前からずっと一人で泣いているね」


 私は驚いて息を飲んだ。

 横にいる母様を見上げると、淋しそうな顔で私を安心させるように微笑んでいた。いつの間にか2人に知られていた事に気が付いた。

 父様は言葉を続ける。


「何か不安な事があるなら話してくれないか。私達がきっとどうにかするから」


 父様の目は案じるようだったが、これ以上踏み込むべきかどうか悩むような躊躇いがあった。

 父様は母様と違い、私との距離を測りかねている様子だった。

 私が避けるようにしていたのだから、当然なのだろう。それでも、こうして心配してくれていた事に思わず涙が浮かんだ。


 何も考えずに全部言ってしまいそうになる。だが、言ってしまった後の事を一瞬でも考えれば、口を開くことは出来なかった。

 何も答えられずにいると、横からそっと抱き締められた。


「エルナ、大丈夫だから。どんな事からだってお母様とお父様があなたを守るわ」


 慈しむような母様の声を聞いて、私はいろいろと諦めた。

 これ以上隠すのは私のただの保身のためだ。この人達の愛情(やさしさ)に報いるならば、たとえ嫌われたとしても話さなければならないと思った。

 だけど、頭で分かっていても心がそれを拒んだ。


「……ぃ、ごめんなさい、ごめんなさいっ」


 結果的に私の口から出てきたのは、まったく意味のない謝罪だった。

 それでも母様は辛抱強く私の背中を優しくさすってくれた。


「エルナ、泣き止んでちょうだい。私達が絶対に、なんとかするから」


 その言葉を聞いて、もうダメだった。

 この人達にこれ以上迷惑をかけたくないという気持ちが、私の自己中心的な保身を上回る。


 なけなしの覚悟が、私の中で固まった。




 私は今までの事を全て話した。緊張で、せっかく温まった身体が冷えていくのが分かった。


 前の人生を覚えている事、こことは違う世界だった事、殺された事、死んだあとに友人が現れて私をこの世界に転生させた事。友人を探そうと思った事。

 私は2人と目を合わせられなくなり、俯いて泣きそうになりながら話をした。


 2人は真剣に聞いてくれた。ただの妄想だと信じてもらえない方が私にとっては都合が良かったが、聞かれた質問にも全て答えた。



「ごめんなさい。私のせいでずっと迷惑をかけて、ごめんなさい」


 私は最後に、嫌われたとしてもこれだけは言っておかないとと思った事を言った。

 許されるはずはないだろうが、言っておかなければならない事だ。

 ……返事はなかった。

 

 話は終わり、重苦しい静寂が流れた。

 私は俯いたまま顔があげられなかった。

 やはり私はこの家を出ていった方がいいのだろうか。

 そんな事を考えていたら、横からぎゅっと抱き締められた。


「分かったわ。全部信じるわ。でもね、あなたは私達の子どもよ。それは変わったりなんかしないわ」


 母様が何も心配ないと言うように、力強く抱き締めてくれていた。


「ああ。その通りだ」


 父様が優しい手つきで私の頭を撫でた。



 2人が私を受け入れてくれたのだと頭で理解する前に、私はもう声を上げて泣いていた。






 わんわん泣き続けた私を2人は笑って慰めてくれた。

 私はやっとの事で泣き止む事が出来た。

 少し落ち着くと、これが都合のいい夢か幻ではないかという不安に駆られた。


「お母様、お父様。私の言った事を、本当に信じて下さったのですか」


 母様と父様は2人で少しだけ目を見合わせて、すぐに私に向き直った。


「「もちろん」」


 2人は声を揃えて笑顔で頷いた。

 確かに感じる喜びで身体が震えて、心が幸福感で満たされた。また泣きそうにる。この調子だと今日1日で涙が枯れてしまいそうだ。


 私はこんなふざけた話を信じて、あまつさえ全てを受け入れてくれた両親がいる事を、この世界のいるかいないか分からない神に感謝した。

 あまりの嬉しさに、感情を抑えることなく私は2人にはっきりと宣言した。


「お母様、お父様、ありがとうございます。私、大きくなったら余計な事をした神とか名乗った友人(やつ)を探してブチのめします!」

 






 …………………………。







「ほ、ほどほどにねっ!」

「そ、そうだぞ!無理はするなよ!?」

「はいっ!」


 私はスッキリした気持ちで2人の激励(・・)に応えるように返事をした。

 というか一瞬変な間があった気がしたけど、気のせいかな。




 この日の夜は最初の1週間のように3人で眠った。

 川の字に寝転び、私はすぐに気持ちのいい深い眠りに落ちたのだった。

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