1ヶ月後
リース暦3000年7月20日風の日
私は現在、普通の本ならすらすらと読めるようになっていた。
なので今日は部屋にあった本の話をしよう。
遊戯部屋にあった本の中の特に重要そうな本、[エヴェリット王国史]と[リリアス大陸史]と[リース近代史]を何度も読み込んでいた。
全部子供(10歳~12歳)向けに書かれた本で、挿絵も多くて読みやすかった。
分からないところも、もらった辞典のおかげで理解することができた。
この本のおかげで、世界の全容をある程度知ることが出来た。
まず[エヴェリット王国史]で分かった事。
エヴェリット王国はリリアス大陸にある一番大きな国だ。人口は5000万人で、人族以外にも色々な種族が暮らしているらしい。
エヴェリット王国はリリアス大陸の中央に大きく広がる本国と、大陸の西側にあるエヴェリット西王国に分かれている。
西王国は本国とは直接には接していないが、この2つを合わせてエヴェリット王国だ。西王国の中のさらに西側には私の住むスロット村があったりする。
エヴェリット王国は立憲君主制のようなので、王様一人が絶対的な権力を持っているわけではない。だけど正直、政治の仕組みに関してはよく分からなかった。
貴族は基本的に国家公務員になるのが普通らしいのだが、民間人が政治家になれないわけでもない。民間人でも有能なら大臣にもなれるらしいのだ。
貴族と民間人の差がよく分からない。私が日本人だったからそう思うのかもしれないが、貴族って必要あるのかこれ?
ちなみに、現在のエヴェリット王国の王様の名前はウシュタ・エリダノーム・エヴェリットというらしい。
エヴェリット王国の成り立ちに関しては、なんというか完全に予想の斜め上を突き破っていた。
魔力や精霊なんてものが存在する世界だということを失念していたせいである。
少し話は変わるが、私がアンヌに今までずっと読み聞かせをしてもらっていた絵本の名前が[勇者召喚物語]というものだ。
その名の通り、魔界という異世界の魔族や魔物を倒すために、王様たちが次々と召喚魔術で勇者を召喚するという話だ。
ちなみに魔界というのはダリアス大陸の別名である。
終わりの方だけいうと、数千年前に召喚された最後の(しかも異世界から召喚された)勇者はある国の王様の後見人になった。そしてその王様は、大陸の幾つかの国々をまとめて新たな王国をつくったのだ。
私はこの世界にも[異世界]とか[勇者]という単語が存在している事に驚き、もしや私は召喚された勇者?いやでも召喚じゃなくて転生ってルイスは言ってたし、そもそも私が死んだのはイレギュラーな出来事だったはずだ。やっぱ違うだろ、という結論にたどり着くまでにひたすら悶々としていた。
だが、これがまさかエヴェリット王国の歴史に深く関わる実話などと誰が思うだろうか。
ここまで言ったら当然分かるだろうが、この絵本に出てくる勇者の後見を受けた王様がつくった国が、このエヴェリット王国なのだ。
実際に史書と書かれている本に[勇者召喚]や[異世界]という文字を見た時は、自分の頭の調子を疑ってしまったほどだ。
それはまあいいとして、最後の勇者[光の勇者]の後見を受けた王様が、不安定だった周りの国々をまとめて1つにした国が今のエヴェリット王国なのだそうだ。
それがリース暦よりも2000年以上前の事だ。
つまり今から5000年以上も前の話なのだ。
……長いよ!?
なんでそんなに歴史があるんだよ!!
しかも史書によると今のリリアス大陸の文明は、リース暦0年からあまり変わっていないらしいのだ。
という事は、この世界はその時点ですでに文明が完成していたという事なんだろうか。
……どういう事なんだよ。
確かに今まで生活に特に不便を感じるようなことは無かった。
電話やパソコンの代わりに精霊が管理している通信機器みたいなものが存在するらしいし、電線は無いが電池はあるみたいなよく分からないことにはなっているが、便利な事は間違いない。
この世界の科学は魔力と密接に結びついているらしく、その辺りは地球とは大きく異なる発展をしているようだが、文明のレベルは高い方なんじゃないかと思う。
この国だって豊かな国なのは間違いないみたいで、政治体制がしっかりしているのか貧富の差もそれほどなく、飢える心配もないようなのだ。
だがしかし、それなりに発展しているのにも関わらずSF要素がほとんど無い。
宇宙船を開発したとか、月に行ったとかでさえ、そんな史実はまったく無いのだ。ここがファンタジー世界なら可笑しい事はないだろうが、電池や列車が存在している世界なのだ。頑張れば何とでもなるんじゃないのだろうか。
中世っぽくて、魔物と戦うのに未だに帯剣している理由が分からん。
銃とか作れなかったのだろうか?
今のところ、私には子供向けの歴史書を読み進める事ぐらいしか出来ないのが口惜しい。
[エヴェリット王国史]で分かったのは大体こんなところだった。
これだけでも容量オーバーで頭が腐りそうだったが[リリアス大陸史]で分かった事の方がもっとヤバかった。
[リリアス大陸史]を読み込んだ結果、概要までで私の脳ミソは限界に達したのでザッとしか言わない。細かい部分はガン無視して話す。
この世界の一番古い記録は、リース暦よりマイナス9000年まで遡る事ができる。つまり今から1万2000年前ということになる。
その頃この世界はリースではなく、人界と呼ばれていたらしい。
一番古い歴史はなんと、人が竜と決別するところから始まる。
竜はそれまで、現在精霊がしているような事(自然を操って天災を減らす、暮らしやすいように気温を操る等)や人間に様々な知恵を与えて共に暮らしていたらしい。人間に言葉や文字を教えたのも竜と書かれてあった。
何それ羨ましい。
だがなんか人間が馬鹿な事を仕出かしたせいで決別して、今に至るらしい。
一瞬やっぱ人間はどこの世界でもろくなことしないんだなぁ、と諦めの境地に入って肩を落とした。
ちょっと飛ばしてリース暦紀元前4000年に、今現在にも関わる重要問題が起こった。
人界に異世界が衝突したのだ。
異世界が衝突したのだ。
大事なことなので(ry。
この異世界というのは、ダリアス大陸と呼ばれる前の魔界の事だった。
魔界は違う大陸、ぐらいのイメージしか持っていなかった私はものすごく驚いた。
[エヴェリット王国史]にはその辺は詳しく書かれていなかったので尚更だ。
とにかく[リリアス大陸史]というものすごく真っ当な歴史書に、普通に異世界が衝突したとか書いてあるのだ。
思わず私の頭の調子を(ry。
突っ込みきれないな。先に進もう。
衝突してきた異世界、魔界のおかげで世界を繋ぐ黒い穴が人界側にも魔界側にもあちこちに出来てしまったのだ。
人界にはその前から魔物と呼ばれていたものがいたらしいが、この出来事を機に魔物が爆発的に増えていったそうだ。
ここからが[勇者召喚物語]に繋がっていくのだが、この話には続きというか終わりがある。
世界を繋ぐ穴は一度無くなっているのだ。
人界の神と魔界の神がある時協力して、魔界のほんの一部を人界と融合させたのだ。
魔族の住むダリアス大陸は、この時に出来たものらしい。
その後、魔界の神は魔界の大部分を消失させた。
異世界に繋がる穴がなくなったおかげで、魔物は随分と減ったらしい。
という事で、現在この世界には2人の神がいるらしいのだ。
融合させた時点で人界はリースと名を改めて、そこからリース暦が始まっているのだ。
現在リリアス大陸の人々とダリアス大陸の魔族は敵対している訳ではない。というか関わり自体があまり無いらしい。
魔族はダリアス大陸からほとんど出て来ないし、リリアス大陸の人々もダリアス大陸には行かない、というか人には行ける環境ではないので行けないらしいのだ。
だから[勇者召喚物語]はここで終幕のはずだった。
だが現在、リースで新たに重大な問題になっている出来事が、今から400年前のリ-ス暦2600年に起きた。
今度は正真正銘の魔物が蔓延っている異世界ヴァイスが、魔物が減って落ち着きを取り戻しつつあったリースに衝突したのだ。
………………はぁ。
なんかもう、本当に突っ込みきれねぇよ。
まさか異世界が衝突したとか、1度目でお腹一杯なのに2度目があるとは。
大丈夫なのかこの世界。
3度目とかはさすがに無いよね?
さっきから突っ込みでいちいち口が悪くなる。
前から貴族の娘らしくしようと、丁寧な口調を心がけていた筈なのに!
歴史書読んでただけで、なんでこんな予想外の疲労感に襲われなければならないのか。
さっさと最後までいこう。ここからは[リース近代史]に詳しく書かれていた内容で少しシリアスだ。
異世界ヴァイスは衝突した。しかも状況は前よりも悪化している。
衝突した時、リリアス大陸の東側に世界を繋ぐ巨大な黒い穴が出現したのだ。
1度すべて無くなった筈の黒い穴が、それを機に大陸中に出現した。そこからは多くの狂った破滅を呼ぶような生き物が出てきた。
リリアス大陸にある中央や西側にある国々は、神官のおかげで国全体を覆う結界を張る事が出来た。
だが間に合わなかった東側の国々は、ヴァイスから出てきた生き物達にほとんど抵抗する間もなく蹂躙されたのだ。
エヴェリット王国はすぐさま大規模な軍隊を形成して、大陸の東側に送り込んだ。
他の国々も多くの軍隊を東側に送った。そのおかげで侵攻は一時食い止められたが、多くの犠牲者が出たそうだ。
その後数年かけて東側の大陸を少しずつ取り戻したが、そこはもはや荒野のような有り様だったそうだ。
リリアス大陸の人々は魔物がやって来る世界を暗黒魔界と呼び、その後もリリアス大陸の東側に出現した巨大な穴の近くに陣を敷いて、エヴェリット王国を中心に戦ったのだ。
30年経つまでに大体の大きな穴は、結界で塞いでいって段々と魔物の数が少なくなりつつあった。侵攻を押し返した事もあり、人々は漸く平穏を取り戻した。
それからさらに370年経って、リース暦3000年の現在に至るのだ。
そのため今のこの世界では、魔物に対抗するために私の父様やお祖父様のように軍に関係した職業に就く人が多くいるようなのだ。
私はこれらの本を最後まで読み終えて色々と考えた。暗黒魔界からの魔物、これがルイスが地球に居た理由な気がした。
ルイスは多分、この世界を助けてくれる勇者を探しに日本まで来ていたのだ。あいつの争い事が苦手な性格なら有り得る気がするのだ。
それ以外の理由が思いつかなかったというのも確かにある。
だがそう考えると、不思議に思っていたルイスの行動がピタリと当てはまるのだ。
[異世界]とか[勇者]とかを題材にしたものに異常に反応していたじゃないか。
学校以外で会うことがなかったのも、勇者を探していたからだと考えると辻褄が合う。
1度そう思うと、ルイスの取っていた行動が全てそうとしか思えなくなってくる。
私はルイスについて、一番最初の大きな手掛かりを見つけたような気がした。
でも色々と可笑しな部分もある。
本当に勇者を必要としていたのなら、ルイスはなぜわざわざ地球にやって来ていたのか。
[勇者召喚物語]には勇者は召喚魔術で召喚されたと確かに書かれているのだ。
召喚というのだから当然、呼び出すはずだろう。
それにそもそもの話だが、何故勇者を求めているのかという疑問もある。言っては何だが現在魔物がウヨウヨいるとはいえ、結界のお陰で国は自力で抗えているのだ。
しかも異世界勇者召喚はこの世界では禁術になっているし。
何故禁術になっているかというとそれはその筈で、召喚された勇者達は最後の勇者以外は全員時の王のせいで殺されてしまっているのだ。
[勇者召喚物語]はその歴史を繰り返さないために作られた本であるのは間違いなく、魔族との要らぬ戦争を避けるために勇者召喚は禁じられているはずなのだ。
その証拠に、[勇者召喚物語]の発行者のところには『リース協定勇者召喚禁止法布告委員会エヴェリット王国本部』の文字と、監修には『リース協定勇者召喚禁止法委員会魔族本部』という文字が書かれているのである。
この絵本はエヴェリット王国は勿論、リリアス大陸の他の国でも広く読まれている。
赤ん坊以外は誰でも知っているぐらい有名な絵本らしいのだ。
リース協定とは、もらった辞典によるとリリアス大陸の国々とダリアス大陸の魔族の間に結ばれた法とある。
アンヌや両親に詳しく聞いたところ、この協定は云わばこの世界で最も破ってはいけない決まり事で、リリアス大陸の人々が破れば魔族がリリアス大陸に攻めて来る可能性もある、かなりヤバイ取り決めなのだそうだ。
なので例えルイスが勇者をこの世界に連れて来たとしても、ダリアス大陸の魔族と戦争になる可能性が高いのだ。
ヴァイスと戦争するために勇者を召喚して魔族を敵に回すぐらいなら、魔族に助っ人でも頼めよとなるはずだと思うんだけど。
何か問題があるのだろうか。
魔族に関してはこれ以上知るすべがなかったので何とも言えない。
ルイスの目的の見当が付いたとしても、正体は依然として分からないままだ。
もしルイスが普通に人だとするなら、一体どこの国にいてどんな組織に所属しているのか。勇者を召喚する立場だったら、絵本のようにどっかの王に仕える魔術師とかだろうけど。でもあのルイスが誰かの命令で戦争の引き金になるような事をするとは思えない。
それなら完全な単独行動かもしれない。そうすると探すのが難しくなる。
ルイスについてぼんやり輪郭が掴めてきたと思ったが、たちまち霧散してしまった。
私が死ぬ間際のルイスの顔を思い浮かべる。
私が転生したのはもしかしたら何か抜き差しならない理由があったのかもしれない。
ルイスがもし勇者を探していたとするなら、黒マントの奴らはそれを止めに来ていたのだろうか。
人か魔物か、それとも魔族か。
ルイスが無事だったとして、未だにあいつらに狙われていたりするのだろうか。もしそうなら。
……黒マントへの殺意で頭の奥が痺れた。
何にせよ友人がもし大変な事で困っていて何かできることがあれば、私は迷わず行動するに決まっているのだ。
ルイスに会ったら、何の説明もなしにこの世界に転生させられた事と、未だに姿を見せない事も含めて一発ぶん殴っておこうと心に誓う。
この世界に来た時の不安は、未だに消えずに私の中にあった。
私は部屋で一人こっそりと泣いた。
最近はこれが日課になってきていた。
この話に出てくる[勇者召喚物語]は別シリーズで読めます。
文字数がこの1話分よりもちょっと多いですが、興味があれば読んでやってください。童話っぽい感じです。