3週間後
リース暦3000年7月12日風の日
私は2週間前からアンヌや母様(頭の中で呼ぶ時はこれで妥協した)に付き添われて、スロット村を何度か歩き回った。
といってもまだ、村の半分ほどしか回っていないし1人で家から出ることはしていない。
私の住んでいるスロット村は、ちょっと特殊な村だというのがここ数日で分かった。
この村は行政区画で云う所の最小単位の村で、基本的には国が管理している果樹園という形になっているのだ。
果樹園なので、村全体では基本的に肉の実を生産をしている。
スロット村で摘み取られたベリアは、定期的に町に出荷されているのだ。
村の人達は、私の家族や一部を除いてみんなベリアの生産者として暮らしている。
植物図鑑にもちゃんと載っているベリアは、林檎の1.5倍ぐらいある木の実である。
一応収穫期はあるが、一年中実をつけている。しかも手入れも何もしなくても実は勝手になるらしく、名前の通り肉の味がして美味しい。
肉の栄養の代わりにもなる、とても優良な実なのだ。
本物の肉はというと、食べられていない訳ではないが供給率はとても低いらしい。
エヴェリット王国では、ベリア等の木の実が生産の主流になっているので養豚場とかはないようなのだ。酪農場はあるみたいだが。
こういった国が管理している村は、全国各地にあるらしい。
作っているものも、ベリアの他にパンの原材料になるグラン(小麦っぽいもの)とかいろいろあるみたいだ。
定年を迎えた人が年金代わりに国から与えられる土地らしく、隠居地として人気の高いところなのだそうだ。
スロット村は巨大な果樹園の経営をしている割には、私が思っていたよりも遥かに人の少ない村だった。
家の数がそもそも20軒近くしかないし、現在40人ほどしか村人がいないらしいのだ。
その人数でベリアの出荷が間に合っているのだから驚きだ。
魔術を使って収穫しているので、私がイメージしていた農家よりは楽みたいだがそれにしてもだ。
ちなみにこの村にある住居はどれも大きくて立派な造りだ。
ほとんどが1階建てだが、ダイニングキッチンが1つと部屋が3つある。
つまり庭付きの3LDKの一軒家なのだ。
1人や2人で住むには私の感覚では広すぎると思うのだが、ここでは普通らしい。
ここに住んでいるのは定年を迎えた人ばかりなので、ほとんどが老人だ。
見た目が50代ぐらいの人が多いと思っていたのだが、私は実年齢を聞いて驚いた。
みんな150歳以上だったのだ。
……有り得ねえよ。
50代だと思っていたアンヌが160代とか。
この世界一体どうなってんの。
父様と母様の年齢も聞いたら、父様は52歳で母様は54歳でした。
もう、色々と驚き過ぎて言葉もなかったよ。
この世界の人間の寿命は、大体180歳から200歳ぐらいで体は老化しにくくてみんな健康らしい。
私の知ってる人間と違う!!
しかもリリアス大陸には大きく分けて、そのまんま人間という意味の人族と、精霊と人の混じった精霊族、獣族と人が混じった獣人族、獣族の4種族がいるらしいのだが(族と言うのは言葉が話せて意志疎通できる生き物に付けられる名称だ)、人族はそのなかでも寿命の短い方の種族らしい。
……いや充分多いよ!!
180歳で短いとか何言ってんだよと言いたい。突っ込みきれねえよ。
スロット村には実は子どもは私だけではなくてもう1人いる。
私より9歳年上の14歳の女の子で、今は学園の寮で過ごしているそうだ。
エヴェリット王国では8歳になったら誰でも学園に行くのだ。
学園は全寮制で、夏期休暇や冬期休暇になったら子どもは帰ってくるらしい。
ところで村人に国の端にある辺鄙な村だ、と言われているスロット村なのだが電車が通っている。
電車っていうか汽車?
見た目は真っ黒な汽車なのだが、煙突もなければ煙もでていない。
これは魔導具というらしい。魔術の粋を結集させて造られた、機械の動力部分を持つ物を魔導具というそうだ。ちなみに正式名称は魔導列車。
その列車で村から一番近い町までは10分で着くらしい。町までは5km程だ(1cmの長さはこちらの方が微妙に長いし、実際には単位も異なるのだが、分かりやすくいうとそのぐらいだ)。
列車が通ってて、一番近い町までは10分で着くのに辺鄙とか。
ここの文明の水準はどうなっているんだろう。
村の外に行きたいような、行きたくないような気分になる。
言い忘れたが私の家がなぜスロット村にあるのかというと、なんとこの村には母様の父、つまり私のお祖父様にあたる人が住んでいるかららしい。
母様が私を身籠ったとき、魔物の脅威が少ない土地であり身内もいるこの村に引っ越してきたのだ。丁度人の住んでいない空き家があったのも大きい。
お祖父様の名前はグラス・ベリーといい、貴族ではなく一般庶民だ。
150歳を越えているらしい。お祖母様のアン・ベリーは数十年前に亡くなっていて、お祖父様は一人で暮らしているようだ。
今日は私は母様と一緒にお祖父様に会いに行くことになっている。
母様があと数ヶ月したら私の妹か弟が生まれると言うことで、お祖父様に妊娠の報告に行くのだ。
どおりでお腹が少し出っ張ってきていたはずである。
父様は今日は仕事なので一緒には行かない。
御飯を食べた昼過ぎ、私は気に入っている深い青色のひらひらしたワンピ-スを着て母様と出掛ける用意をする。
服に関してはもう慣れていた。
私の今の容姿には合っていたし、記憶が戻る前からずっと着ていたので動きにくいと思うこともなかったのだ。
隣に居る母様はいつも通りの服だが、何を着ていても凛としていて綺麗に見える。ちょっと憧れる。
町で買ったらしいリコッカを母様が鞄に詰め込む。
リコッカというのはこの世界のチョコレートみたいなものだ。たぶん。少なくとも味はチョコレートだった。
この世界にはお菓子がたくさんあるみたいなのだ!甘い物好きとしては嬉しい事実だ。
お祖父様もこういうのが好きらしいと知り、まだ見ぬお祖父様に対する好感度が上がった。
母様や父様は家を出る時に、必ず剣を腰に下げる。
剣の鞘にはよく見ると紋章が付いている。これはその人の職業を表しているらしい。
母様は白い×印だ。この紋章は治癒術師全体の紋章で、包帯を表しているらしい。
なんでも昔、とある治癒術師が自分が治癒術師だと一目でわかるように、腕に包帯を×印に巻いた事が由来なのだそうだ。
父様の紋章は青い三重丸だ。これは役人が使う紋章で、町を表している。
この世界の町はほとんどが同心円状に広がっている。大きな町には一定の距離で結界とは別に魔物対策の壁が造られているらしいのだ。
その壁が由来になっているらしい。
ちなみにアンヌはこの村を表すベリアの木の紋章だ。
家を出て、母様と手をつないで歩きながら話をする。
「お母様、お祖父様ってどんな人?」
「そうねえ。優しくて強い人よ。お母様と同じ治癒術師をしていたの」
母様がお祖父様を思い浮かべるように考えながら答えてくれた。
「剣術も得意でね、昔は軍で魔物をたくさん倒したと言っていたわ」
「ふうん」
父様みたいな人かな、と思いながら相槌を打った。というか治癒術師って戦えるんだな。
そんなこんなで歩いて20分ほどでお祖父様の家に到着した。外観は他の家と変わらなかった。
母様が扉を叩く。
お祖父様の家は、村の端にある我が家から丁度真逆にあって遠いのだ。
言い返せば子どもの足でも20分あれば村の端から端まで行けるのだが、自転車はないのか。
というような事を聞いたら、違う国にならあるらしいけどエヴェリット王国ではあまり普及はしていないと返ってきた。
町の中では鉄道が完全に交通手段として機能しているらしく、それ以外の交通機関は必要なく廃れてしまったらしい。
なんという事でしょう。
残念に思い軽く俯いていたら、扉が開いて人が現れた。
40代前半ぐらいに見える男性が、くすんだ金色の髪を無造作にかきあげて眠たそうに立っている。
細いけれどがっしりとした体つきに見えた。
その人は母様を見たあとに私を見た。
眠たそうなのに明るい茶色の瞳は凛としていて、目が合うと体温が上がった気がした。
すごく綺麗な人だったのだ。
心のなかでナイスミドル、と呟いてしまったほどだ。
なんかキラキラしていて、どことなく母様に似ている。
思わず見とれていたら、急に抱き上げられた。
「エルナか!少し見ない間に、随分大きくなったなぁ!」
眠気を吹き飛ばした顔で、大きな手のひらでそのまま頭をくしゃくしゃと撫でられた。急な事に驚いて固まってしまった。
私の記憶にはないが、会ったことがあるらしい。
「2ヶ月ぶりですね。父さん」
母様がその人に向かってそう言った。
ということは、やはりこの人が私のお祖父様のようだ。
母様の血縁というのは見たら分かるが、父親だと言われると驚くが同時に納得もしてしまうという不思議な雰囲気を持っている人だった。
ていうかすごく格好いいんですけど。
お祖父様と呼ぶに相応しいわ。
なんかまだドキドキするし。
挨拶をしなければと思い出し、抱き上げられたままお祖父様の目を見つめる。
「こんにちは。お祖父様」
「エルナ?!いつの間に喋れるようになったんだ!」
なんかすごく驚かせてしまった。
「3週間前から急に話し出して、それからどんどん言葉を覚えていったのよ」
私の代わりに母様が嬉しそうにお祖父様応えてくれた。
「そうか。……そうか。まぁなんにせよめでたい事だ!上がりなさい。お茶と菓子でも用意しよう」
お祖父様は神妙な面持ちで頷いたあと、私を抱き上げたまま笑顔になって家の中に入った。
母様がその後を歩きながら、早々に妊娠の報告をすませていた。
なんかあっさりし過ぎじゃない?
中を覗くとこの家も私の家にあった調度品ほどでないにしろ、凝ったものが多かった。
一人暮らしなせいか少しごちゃごちゃしているな。
そんな事を思いながら家の中を観察していたら、リビングに到着した。
「さて、美味しいお茶を淹れようか」
私を椅子の上に下ろし、お祖父様はお茶を淹れに行く。
母様がリコッカを鞄から取り出した。
「父さん、リコッカ持ってきたわよ」
「おお、本当か!皿に出しといてくれ。ロックと一緒に食べよう」
お祖父様がウキウキしているのが手に取るように分かった。
やはり甘い物が好きなようだ。
ちなみにロックというのはマドレ-ヌのような焼き菓子だ。
母様が皿を持ってきてリコッカを並べた。
お祖父様がお茶の入ったカップとロックを持ってきて、リコッカの横に並べる。
3人共椅子に座り、ティータイムが始まった。
お祖父様に美味しいからといわれてロックを手渡されたので、お礼を言う。
「ありがとうございます。お祖父様」
お祖父様はニッコリ笑って私の頭を撫でた。
子ども扱いされるのはなんだか騙しているようで申し訳ない気持ちになるが、私は仕方がないんだと自分に言い聞かせてロックを食べた。
口の中に広がる甘さに心が癒される。
やっぱり人生に甘いものって必要だよな、としみじみ思った。
「それにしてもまさか俺がお祖父様なんて呼ばれる日が来るとはなぁ、アンにも聞かせてやりたかった」
そう言ってお祖父様はお茶を一口すすった。
「そうですね」
母様も懐かしむように目を細めて頷く。
私はこの世界に来てから家族って暖かいものだな、と実感することが多くなった。
穏やかな時間はゆっくりと過ぎていき、帰る時間になった。
お祖父様に玄関先で別れを惜しむように軽く抱き締められて、私も抱き締め返した。
「お祖父様、さようなら」
「ああ。またいつでも来なさい」
「父さん、じゃあまた近いうちに来るわね」
「ああ、待っているよ」
そうしてこの日、母様と私は日が沈む前に家に帰って行った。