prologue 1
2054年 日本
18年前から広まった『ジェネシス』と呼ばれる超能力―
その力はどこから来たのか、どこで生まれたのか。起源は全くの謎である
ジェネシスは人から人へと感染していき、今では日本の人口の3分の1がジェネシスを持つ超能力者となった
昔はその特異な力に一般人からの差別こそあったものの、政府の働きかけにより差別運動等は殆ど無くなっている
そして俺もそのジェネシスを持つ人間として、日々平穏に暮らしている
「おはよう、九十九ちゃん」
「おはよう。待たせてごめん」
「ううん。そんなに待ってないよ」
火曜日の朝7時半。俺はいつものように木崎 翠と待ち合わせていた公園の前で合流する
翠とは家が近所で、小さな頃からよく一緒にいた。幼馴染というやつだ
木崎電工と呼ばれる大手機器メーカーの社長令嬢で箱入り娘。少し世間知らずではあるが、とても真面目で優しい子だ
その穏やかな性格と端麗な容姿の為か、学校では密かに翠に憧れている男子も多い
「また夜遅くまでお稽古してたの?眠そうだね」
「ん…ああ」
稽古というのは居合の稽古の事である。実家が居合の道場なので、毎晩師範代である親父に半ば強引に稽古を仕込まれている
親父でまだ3代目だけれど、門下生もそれなりにいるらしい
翠も小さな頃に俺の真似をして習いに来ていたが、極度の運動音痴だった為1ヵ月足らずで見学側に回ってしまった事は、今でも本人は気にしているらしい
「ねえ、九十九ちゃん。今週の土曜日って暇かな?」
「土曜日?」
翠は笑顔で問いかけてきた
「空いてるよ。何かあるのか?」
基本的に出不精な俺には、休みの日も稽古くらいしか予定はない
その稽古というのも出掛ける予定があれば、そっちを優先させていいという程度の予定だから無いも同然だ
「本当?その日ね、お父さんの会社の新製品開発記念パーティがあるの。お父さんも九十九ちゃんに来てほしいみたいなんだ」
「俺が?何で」
「今度の製品はジェネシスの人を対象に作られた物なんだって。だから九十九ちゃんにも是非見てほしいって、お父さんが」
翠はそう話し終えると、学校指定のスクールバックから一枚のプリントを取り出して俺の眼前に勢いよく突きつけた
「それにね!見て!あの『レ・モンド』のケーキがパーティの立食に出るんだよ!」
『レ・モンド』とは最近近所に出来た洋菓子店だ。少し値は張るがしっとりとした舌触りのロールケーキが巷で大評判らしいという事はTV番組のスイーツ特集で見た覚えがある
甘い物をあまり好んで食べない俺も、その人気ぶりに一度は食べてみようかと思っていた程だった
「翠のお目当てはこれか…」
「うんっ。私だって普通のパーティだったら行かないよ。スーツのおじ様ばかりで堅苦しいだけなんだもん」
「まぁ、そういう所だしな」
「今回のパーティは一般の人も来るらしいんだけど、やっぱり一人で行くのは寂しいから九十九ちゃんも一緒に来てくれないかなあって…」
「親父さんに呼ばれてるなら、行くしかないな」
そう言いながら受け取ったプリントを折り畳んで翠に返そうとすると、勢いよく両手を翠に掴まれた
翠は満面の笑みで「ありがとう」と言うとプリントを受け取りバッグに入れた
いきなり手を掴まれた事に少し気恥ずかしくて顔が熱くなったが、翠には気付かれていないようだ
小さな頃から一緒にいて、互いの気持ちは大体雰囲気で分かるような間柄ではあるがこういう事には鈍いんだな、と心の中で溜息を吐いた