第二部琵琶湖決戦編九十五「柳生七子」
柳生七子のいわれは、以下の通りである。
大和の国柳生の里で、柳生新陰流の祖柳生石舟斉の
いうことすらきかない暴れ者の七人の処遇に、石舟斉
やその子宗矩は困っていた。
その折、関ヶ原で家康が勝ち天下の流れは決まる。
そこで宗矩は家康に頼み、「上方御免状」という近
畿地方通行自由の許可状をだしてもらった。
宗矩は、その「上方御免状」を七人に与えて、常に
近畿を徘徊し、治安の維持にあたるように命じた。
大和の国から、もめずに七人を追い出すための宗矩
の策であったが、七人もその役目を喜び、近畿各地に
出かけては、盗賊や山賊を自由に捕らえ、殺していく。
ここに柳生七子が誕生したわけである。
ただ御免状を盾に傍若無人の振る舞いも多く、七人
は行く先々で面倒を起こすので、近畿地方の人々にと
って、眉をひそめる存在でもあった。
正英は柳生七子ときいて、
(厄介な奴らと出会ったものだ)
と思ったが、顔にはだすはずもない。
「柳生七子の皆様とは、今日初めての対面でござるが、
無礼がすぎよう」
正英は堂々と正論を吐いた。
乗月源三は、深々と頭を下げた。
「そこの倫敏と申す女は、男以上に気の短い女。それで
もこの所業は、いきすぎでござる。拙者が切り捨てても
よいのでござるが、未熟者の妄動とお思いになり、今か
らの修行に期待するとして、今日のところはお許し願え
まいか」
慇懃な物言いを乗月源三はした。
ただ、その物言いの中に正英は、
(絶対に頷いてもらうぞ)
という威圧を感じた。
柳生七子は、柳生北斗陣という陣形で戦うそうな。
その噂を正英は思い出していた。
(いっそ、許さず、柳生北斗陣を拝見しようか)
内心、正英の武術の虫がうずいた。
しかし、その虫はつぶすしかない。
桑名に、急ぎ戻るのが己の勤め。
「お香さん、その女を逃がしてください」
お香は正英の意を汲み、落ちていた短刀を拾い、遠く
に投げたあと、油断なく縄を解いてやった。
倫敏は、
「キィーッ」
と奇声を発しながら、大垣方面に走り去った。
「再度、あやまるしかない。縄を解いてもらえば、まず
は皆様に、特にその背の高い若者には心よりあやまるべ
きを、あの倫敏め、何もいわずに逃げるとは。情けない
女でござる。面目ない」
乗月源三がふたたび頭を下げると、他の七子も全員頭
を下げた。
良之介が、
「これで水に流して何もなかったことに」
とほほえんだ。
「噂通りの狼藉者たちだな」
柳生七子の後ろ姿が夕闇に消えていくのを見送りなが
ら、正英はつぶやいた。
晩秋の昼間から、冬の気配を感じさせる夜へと時刻は
かわりつつある。
正英、お香、良之介の三人が、桑名の城下町に入った
とき、すでに町の方々で明かりが灯されていた。
以下九十六に続く。