第二部琵琶湖決戦編九十三「巡礼姿の女」
正面からくる者たちは、一人が先頭に立ち、あと
は二人ずつ縦に並んで歩いている。
男六人に女が一人。
先頭の者は深編み笠をかぶり、他の男は何もかぶ
っていないが、最後尾にいる女は、白い巡礼着にす
げ笠をかぶり、赤のくけ紐でその笠をアゴに結んで
いる。
また、すげ笠からは、うすい布がたらされていて、
首筋あたりまでおおっているので、女の顔は、はっ
きりと見えない。
なぜか、先頭の編み笠の男は正英の方にむかって
歩いてくる。
正英がそれを避けると、編み笠の男も同じ方向に
動く。
道幅は3メートルほどもあり、そう狭くはない田舎
道である。
周囲は田畑が広がっている。
さらに正英が男を避けようと動くと、男もまた同じ
方向に。
それが数度、繰り返される。
さすがに正英も、閉口し、作り笑いを浮かべなが
ら編み笠の男に、
「面目ない。道の端に我らは寄りまする」
と七人組を先に行かせようとする。
道幅が広いのだから、そこまでいう必要もないと
正英は思ったが、男の底意がわからず、面倒に巻
き込まれたくもなかった。
「いや、こちらのほうが面目ない。どうぞどうぞ」
男を先頭に七人組も道を譲ろうとする。
ここで正英が、
「それなら、どうも」
と気軽に応対すればよかったのだが、
「いや、そちらが通られよ」
といったので、編み笠の男は意地になったのか、
「いや、そちらが」
と返してきて、押し問答のかたちになった。
良之介が笑いながら、二人の間に入った。
「どうぞ、お先にいってください」
良之介としては気を利かせたつもりだったが、巡礼
姿の女が、
「お前に何の関係がある」
とつぶやくようにいいながら、スススッと良之介に
近寄り、わずか三十センチくらいの間合いから、飛び
前蹴りを繰り出した。
その蹴りは、正確に良之介のアゴを捉えていたが一
瞬早く、良之介は後方に飛んで、その蹴りをかわす。
読者よ前蹴りと軽く見るなかれ。
これは作者東洋の実体験であるが、昔、剛柔流空手
の猛者と対戦したとき、わずか10センチの間合いで、
その猛者の前蹴りは垂直に伸び、わが額はその者の
足の裏でしたたかに叩かれ、卒倒したことがある。
達人の前蹴りは、下手な回し蹴りより破壊力を持つ。
良之介も、
「これ位で、真剣になるかよ」
という油断はあったであろうが、間一髪逃れなけれ
ば、アゴの骨は砕かれたであろう。
巡礼姿の女の蹴りは、それほどのものであった。
以下九十四に続く