琵琶湖伝琵琶湖決戦編八七「涼単寺潜入」
琵琶湖伝琵琶湖決戦編八七「涼単寺潜入」
正英は、弥助から三成に似た僧の部屋を地図
で教えてもらい、寺院のひと続きの建物の右端
に僧の部屋があり、その部屋の裏側に墓地があ
ることを頭にいれた。
事態が、三成存命の方向に流れていることを
感じた正英は、緊急を要する状況と判断し、こ
れからの予定を良之介と弥助に伝えた。
今夜早速、涼単寺に潜入すること。
時刻は午後十一時過ぎ、三人でそろっていく
が、弥助は涼単寺の外までの道案内と寺の外で
の見張り役で、中には正英と良之介が入ること。
涼単寺境内でのことは、その場の状況で臨機
応変に、正英が良之介に指示すること。
以上を正英が述べると、弥助が、
「当然ですが、明日かあさってまではかかる
仕事ですよね」
と正英におだやかにきいてくる。
「そうだな、今夜だけで簡単に済むなどと思
わぬのが、自然であろう。あさってくらいまで
は考えないとな」
正英が弥助にいうと、弥助は、仕事先の問屋
にあさってまで休むことを言いにいきたいと言
い出す。
正英は、それは当然のこと、われらも早めの
食事をとり一眠りすると、弥助に答え、弥助は
問屋に行き、正英と良之介は養老屋の楠真由美
似の仲居の握ってくれた握り飯を出して食い、
そのまま仮眠した。
午後十一時前に、すでに仕事先回りから帰っ
てきていた弥助が二人を起こし、弥助の案内で
二人は涼単寺に向かった。
涼単寺は弥助の家から右手の道を二〇分ほど
まっすぐいったところで、人家はまばらであり、
竹林が涼単寺の右となりには広がっている。
涼単寺そのものは、縦も横も三百メートルほ
どの敷地のなかにある大きな寺院であった。
正面の入り口には、四名の侍の姿が見える。
寺の周りは長槍を持った者たちが五名一組で
歩き回っていた。
甲賀信楽衆である。
正英たちは、涼単寺の長く続く塀の中ほどか
ら、二メートルほどの塀を飛び越えて境内の庭
の辺りに下り立とうと、塀から三十メートルほ
ど離れた地面に伏し、闇とひとつになって、機
会をうかがう。
「正英様、普通の寺ならこのような警戒を絶
対にしませんよ」
寺育ちの良之介がささやくようにいう。
正英はそれを無視して、弥助に
「三成ゆかりの甲賀組がこの寺の警護をして
いること自体、この寺は尋常な寺ではありませ
んね」
という。
「たしかに」
弥助は、ひとことで答える。
甲賀衆が目標の塀を通過したとき、正英は、
弥助にここで待機することを命じ、
「いくぞ」
という気持ちを込めて、良之介の肩を軽くた
たいた。
その瞬間、正英と良之介は足に力をこめ跳
躍した。
二人の体は、宙にフワリと浮き、そのまま、
涼単寺の塀の中の人となったのである。
以下八八に続く




