琵琶湖決戦編八三「武林の人々」
早朝六時の出立は、まだ陽があるうちに彦根に着かね
ば、彦根で待つ弥助の家を探せないかもしれないという、
正英の不安からであった。
良之介も正英の思いはわかるし、自分が孫六から渡さ
れた地図を頼りに、探す勤めであるからには、すこしで
も早く彦根に着きたい気持ちは、正英以上である。
三時間くらいを、二人はかなりの速足で歩き、休憩せ
ねば、午後三時には彦根に着きそうと目安がついたとこ
ろで、正英はきのうの雑賀と根来の話の続きを良之介に
訊ねた。
「雑賀と根来の方々が、争いを激化させていくのを憂慮
した方がいたのです。今から一四〇年ほど前、美里村永
代名主第二九代、表正左衛門様は雑賀と根来の指導者を
美里村に呼び、和解案を出します。それは、お互いの武
術へのこだわりが争いの元であるから、十年に一度互い
に四名の代表者を選び、その者たちに一対一の勝ち抜き
戦をさせ、純粋な武術の試合をして、優劣を競わせよう
というものでした」
正英は、わかったという感じで、両手を軽く合わせ、
「その勝ち抜き戦が、「美里拳論会」だな」
という。
「そうです。それからは雑賀と根来の対抗戦として、
「美里拳論会」は続いていきますが、五十二年前に雑賀
と根来以外の武林(武術の世界のこと)の方々が拳論会の
存在を知って参加を願いでたのです」
正英は歩きながら、武林の派を考えた。
「参加をしたい武林といえば、まず空海様が高雄にお
られたときに教えられた高雄山東命寺派かな。ほかには」
「書の達人でもあった空海様の筆法から生まれ、筆に
気を込め空中に描いた文字で敵を攻撃したり、空中に碁
盤の目を描き空中碁で相手と頭脳勝負をしたりする、古
今天真拳 (こきんてんしんけん)。また同じように空中書
の技を持ちますが空海様の流れではない、近江の三井園
城派 (みいおんじょうは)など・・・私もそれくらいしか」
「いやそれでも、雑賀、根来、高雄、古今、三井の五
派が参加すると聞くだけでも、充分にわくわくするぞ」
「私だってわくわくしますよ。ただ、美里村はあくまで
雑賀と根来の友好のための大会ということで、参加した
い他派に条件をつけます。雑賀と根来以外の他派の代表
者は二名まで。大会参加者は全員、当日の午前六時から
午前九時までに美里村入り口の門をくぐること。ただし
他派の方のみ、美里村の代表者が腕試しを試みる、以上
を他派の参加条件としたのです」
以下八四に続く
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