琵琶湖決戦編八二「良之介伝説」
正英は、天ぷらと茶碗蒸しを味わい、最後にきなこ
餅をほおばると眠くなったのか、
「良之介、雑賀と根来の話は、明日の道中でやろう。
明日は五時に立つ。だから、四時には起きるぞ」
といい、まだ午後九時であったが、一人で布団を敷き、
床に就いた。
良之介は、正英ほど食事が速くなく、ゆっくり最後の
ご飯と香の物を食した。
係りの仲居は楠真由美 (くすのき まゆみ)似の色っ
ぽい年増だが、膳を片付け良之介の布団を敷いたあ
と、良之介の右手を両手で握り、誘おうとする仕種(し
ぐさ)をした。
良之介は、仲居の手の柔らかさにとまどったが、
「色即是空・・・妖魔退散、色魔 (しきま)滅亡」
「般若 (はんにゃ)ハラミ、般若ハラミ」
と脈絡なく呪文を唱え、悪魔のささやきをかわした。
つもりだったが、色魔の力には抗しがたく、楠真由
美似の仲居の豊満な胸の中に顔を埋めていくのであっ
た。
すでに時刻は翌朝の五時半。
精力絶倫の良之介は、正英からいわれた通り、午前
四時には起きたのだが、肝心の正英が起きないのであ
る。
さすがに、これ以上待てずと良之介は、正英を起こ
すと、
「なぜ早く起こさぬか」
と正英は八つ当たりをし、さらに、
「さてはお前、寝ずにあの楠真由美似の仲居と、
「まぐわい」をしていたな」
とでたらめをいうと、
「そんな、二時間くらいでおわりましたよ。寝たふ
りでもしてたんですか」
真剣な顔で良之介は答える。
「エッ、マジ」
正英は、眼を覚まされる。
すでに楠真由美似の仲居が、握り飯を二人分作って
くれていた。
その握り飯をもらい、正英と良之介は、夜がやっと
明けかけた大垣の町に出ようとする。
「真由美」
「良さん」
一夜とはいえ情け(なさけ)を交し(かわし)合った男女
は名残 (なごり)を惜しむが、その横で地面に両手をつ
き、蝦蟇 (がま)の格好で、
「クエッ、クエッ、クエッ、クエーッ」
と奇声を発する正英のパフォーマンスに、男女は笑い
あい、握っていた両手を離す。
午前六時、大垣養老屋を出立。
楠真由美似の仲居は、正英と良之介の姿が見えなく
なるまで手を振っていた。
「良之介、お前も大人になったな」
正英が、三十を過ぎた男としての言葉を、低音で発
した。
「そうですね、真由美さんでちょうど百人目です」
何事もないように良之介はいう。
・・・・・・良之介って、すごい人だったんだ。
「ちょうど百人目」
と事も無げにいう良之介を、心からの尊敬の眼でみ
つめる正英であった。
以下八三に続く
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