第二部琵琶湖決戦編六七「師匠とは」
「何がだ」
忠勝が正英にいう。
「孫六のどこがせこいというのか。正英、まったく
孫六はせこくない。武術の師匠というのは、これとい
う見込みのある弟子にはすべてを教えないものだ」
「その理由は」
正英が忠勝に問う。
「理由か。ひとつは、見込みのある弟子とは将来その
師匠より強くなりそうな者のことよ。そんなやつにすべ
て教えたら師匠は師匠でなくなる。武術の師匠とは死ぬ
まで弟子より強いものよ。だから、教えん」
「それでは見込みの無い者にはすべて教えるんだ」
正英が独り言のようにつぶやく。
「見込みの無い者にはすべて教えても勝てるからな。
ところで正英、見込みのある弟子にはすべてを教えない
理由がもうひとつある。わかるか」
今度は忠勝が正英に問う。
「それは師匠の方が普通年をとってますから、肉体的に
衰えたら弟子に負けちゃうからでしょ。それくらいわかり
ますよ」
フフッとせせら笑いながら孫六が正英に、師匠について
教える。
「師匠が病気になって死にかけてるとか、下半身不随に
なったとかなら別だが、そこまでなったらもう、勝った負
けたの世界ではあるまい。真の名人、真の師匠は肉体的衰
えなど無関係にその年齢に応じた技で弟子と戦い勝つもの
よ。二○代の拳法、三○代の拳法、四○代の拳法、五○代
の拳法を常に考え、精進し、創意工夫に励んでいるのが、
真の名人、師匠だと正英よ知るべし」
「ウーン、深い」
正英は孫六の言に大いに納得し頷いた。
そして、
「忠勝様もうひとつの理由を教えてください」
とさらに問うた。
「正英わからぬか・・・お前を一四歳のときから四年間、
信州の戸沢白雲斎の下で修行させたな・・・そのときのこと
を思い出せ。白雲斎殿はすでに七○を超えたご老人であった
ろう。いくらお前にさまざまな技を教えても、直接に体で示
すことはできなかったはず」
「そうなんですよ忠勝様。口ばっかしで、私のほうで、こ
うですかこうですよねって、自分で考えながら、毎日修行し
てたんですよ・・・アッ・・・」
以下六八に続く