第二部琵琶湖決戦編六十六「時代はかわる」
忠勝の様子を見た瞬間、正英は良之介の左わき腹に正拳をいれ、
孫六は、良之介に点欠(内功をある程度習得した者が使える技で、
相手の経穴(ツボ、穴道)を突いて気の流れを遮断し、行動を不能
にしたりすること。経穴の位置によっては、止血や体内の毒を外
にだせたりもする)をし、良之介は身動きがとれなくなる。
「忠勝様、この若造をいかようにもご料理を」
と孫六が忠勝に慇懃にいった瞬間、孫六の体は忠勝の平手打ち
で宙に飛んでいた。
「孫六、わしに媚を売るな」
そういうと忠勝は、後方に大きく一回転して元の上座の座布団
の上に着座する。
孫六、正英、点欠の解かれた良之介の三人も元の位置に戻る。
忠勝はおだやかな口調で語った。
「わしの槍を折った人間は、五十数年生きてきて、二人しかい
ない。一人は正英の父井原英刀だ。もう一人はさきの関ヶ原で見
事な武士ぶりをみせてくれた島津豊久。そして今日三人目が生ま
れた・・・市来良之介、見事な手刀であったぞ」
「いえ、つい本気になって、大切な槍を折って申し訳ありませ
ん」
消え入るようなか細い声になって、良之介は忠勝に返事をする。
忠勝はそれを微笑みで受け、大声でいった。
「時代はかわる・・・タイム イズ チェンジ」
It'll soon shake your windows And rattle your walls For
the times they are a-changin'.
(まもなくお宅の窓もふるえ/壁もゆさぶられるだろう/とにかく
時代はかわりつつあるんだから 訳詞は、『ボブ・ディラン全詩
集』(片桐ユズル・中山容訳、晶文社刊) に拠った)
ボブ・ディランの「時代はかわる」の一節を英語で歌った後、忠
勝はうれしそうに話した。
「本多家は五○代のわし、四○代の孫六、三○代の正英、二○代
の良之介と各世代で成長がある。これは家中を活性化させるし、技
の継承にもなる。時代はかわる・・・タイム イズ チェンジ・・・
よいことだ」
「良之介に内功はまだ基本程度しか教えていません」
と孫六が忠勝にいうと、
「せこいよな」
正英の声がした。
以下六十七に続く