第二部琵琶湖決戦編六五「忠勝の涙」
すでに来ている三人を見た瞬間、忠勝はその場にあぐら座りをし、
「アチヨーッ」
と奇声を発しながらあぐら座りのままで、前方高さ3メートルく
らいまで跳躍し、さらに三回転して中央上座の己が座る座布団の上
に、見事に着座した。
それを見て、孫六、正英、良之介らは「ウオッ」と思わず声を挙
げた。
特に良之介は忠勝の体技をめったに見ることはないので、他の二
名より大きな声になった。
忠勝は、大声をだした主に眼をやり、小首をかしげた。
「お前・・・どこかで会った気がするが・・」
良之介は、
「忠勝様お久しぶりです・・・」
と挨拶しはじめる。
忠勝の反応と良之介の応対が、まったくさっきの自分と同じ反応同
じ応対であったので、なんとなくおかしくなった正英は、口元を緩ま
せた。
その刹那、
「何がおかしい」
と忠勝が怒鳴る。
間髪を入れず、忠勝の手槍が正英にむかい突き出された。
正英は後方に一回転し、槍の穂先をかわす。
忠勝はさらに踏み込み、槍を繰り出す。
正英は後方にもう二回転し、忠勝の槍の追撃をかわす。
が、広間の壁に追い込まれる形となった。
「ウワハハハッ、正英もはや逃げられぬぞ、死ね」
忠勝はそう言うや、必殺の槍を正英の胸にめがけて突く。
「ま、まいったー」
正英は降参の言葉を吐いた。
いつもならこれで、忠勝が槍の穂先を寸止めして「遊び」は終了と
なるはずだが・・・今日はそういかなかった。
コトンッと忠勝の槍の穂先の部分が畳の上に落ちたのである。
なんと遊びと知らぬ良之介が、主君忠勝が乱心したかと思い、手刀で
槍をたたき折ったのだ。
忠勝は己の槍が若者に折られたショックからその場に立ち竦んだ。
茫然自失。
突然失禁。
当然卒倒。
あまりに激しい精神的打撃から、忠勝の眼からは涙があふれだした
のだった。
以下六六に続く