第二部琵琶湖決戦編64「市来良之介」
一人は本多家の情報機関である「お耳役」の責任者雑賀孫六(といっても
お耳役は孫六をいれて10人しかいないが)である。
そしてもう一人は・・・この若者は・・・どこかで会った記憶があるが、正英に
はなかなかおもいだせない・・・とにかく挨拶だ。
「おはようございます」
正英が挨拶をしながら座ると孫六は、
「久しぶりだな」
といい、若者はわざわざ立ち上がり、
「井原様、おはようございます。5年前に大多喜の善良寺でお会いして以来
ですね。市来良之介 (いちき りょうのすけ)です。本当にお久しぶりで」
と実に丁寧でさわやかにいった。
正英は若者からそこまで言われても、やはり思い出せないが、思い出せな
いことをいうのはこの若者に失礼になると考え、
「あー、あのときのか。前より大きくなったよな」
といい加減なことをいった。
座っているときにはわからなかったが、立ち上がると190センチはあろうか
という大男である。
頭をかきながら若者は座り正英に言葉をかけた。
「5年前より10センチほど高くなりました。そろそろ成長も止まったようですが、
技の修行のほうは成長途上で、善良寺で見た井原様の居合いのすごさは今で
も眼にしっかりと焼きついています」
正英は日常では技を人にはみせない。市来良之介と名乗るこの若者は、その
自分の技を善良寺で見たという・・・5年前に・・・あぁそうか・・・5年前大多喜の
市中を忠勝様が巡回したことがあった・・・お供は、自分と孫六様で孫六様の武
術仲間が善良寺の住職なので会ってみるかと忠勝様がいい、寺に行ったのだ・・・
寺に入るとすぐに、滅亡した北条家の残党が20名で襲ってきた。
そのとき助太刀にきて、なぜか高ほうきで応戦してくれた少年がいた。
善良寺で寺男をしているといってたな・・・思い出した。
「あのときは本当に助かった。ありがとうな。あれから5年か、何歳になった」
「21です。しかし今考えたら、私ごときがでなくとも、正英様と孫六様で悪
人どもは退治できたのに、いらぬ世話をしたと恥ずかしいです」
「ワハハハ、正英どうだ、この良之介なかなかのものだろ、将来有望、期待
の新人、もう外功(体の内面の気を集めてそのエネルギーを外に出す内功に対
して、純粋に物理的肉体的パワーで相手を攻めるものの総称で、空手などをイ
メージしてもらいたい)だけなら教えることがないくらいだ。内功は今からだ。
呼吸法と練習の基本は教えているがな」
うれしそうに孫六が正英に話しかける。
「良之介、 内功は時間を要するもの、あせらず基本を練習すればよい」
正英は孫六の言を受けて、良之介に先輩風を吹かせた。.
そのとき広間の襖が開き本多忠勝が、
「あー、ひまだ、遊びたいよー、人でも殺したいよー」
といいながら入ってきた。
以下88に続く