第1部関ケ原激闘編40「井の中の蛙」
信幸は、父と弟の凶暴な物言いはいつものことと、気分をかえ、
「父上、家康様のご命令をお伝えいたす。真田昌幸が所領は没収の上、
紀州九度山(現在の和歌山県九度山町)に真田幸村とともに蟄居を命ず。
なおその所領は、真田信幸に与えるものとする」
と、おだやかな口調でいった。
昌幸はそれを聞いて、一瞬呆けたような顔をして幸村を見た。
幸村も意外な面持ちで昌幸を見た。
「……」
しばらくの沈黙ののち、昌幸が、
「わははっ、家康はわしがそれほど恐いか。自害せよという命令が出
せぬほど、わしに、ビビッておったのか」
と高笑いしながら言った。
幸村も、
「家康が肝の小さい男と知っておったが、これほどとは」
と、これまた笑いながらいう。
信幸は、あまりに徳川家康という人間の大きさを知らず、局地戦で勝
ったことで、家康をみくびっている眼前の二人を見て、
「井の中の蛙、大海を知らず」
という格言を頭に浮かべた。
信州の片隅で自分たちの強さを誇るだけで、日本を考えていない、父
と弟の心の狭さを嘆いたわけだが、顔には出さなかった。
それどころか、
「家康様も父上の実力に恐れをなし、自害させよなどとは言えなかった
とみえまする」
と世辞をいう。
心の狭い人間に、いちいち細かく事情を言っても時間がかかるだけ、こ
こはおだてて、波風たたせず、紀州に急ぎいかせようという、信幸の腹で
ある。
「びびりの家康の顔を立ててやるか」
昌幸が幸村に問いかけた。
「そうですな…死に急ぐこともない…」
「そうかな…」
「生きていれば、もっと大きな殺し合いに参加できそうな気がして」
「なるほど、幸村はよう考えておる。紀州は大阪に近い」
昌幸は、さすが我がせがれと、感心した面持ちで幸村を見た。
以下41に続く