第1部25「烏頭坂の風に消えた」
その声を聞いた忠勝は豊久のもとに駆け寄った。
豊久は苦しい息の中から言葉を発した。
「我は、島津豊久と申す。島津義弘の甥にあたる者でござる。島津の
こと、何とぞ、何とぞ、お許しを願わしゅう存じまする」
すでに死人の顔色の豊久の言に、忠勝は
「承知、承知。島津のこと、この本多忠勝にお任せあれ」
と答える。
豊久は、一瞬、顔をほころばせたのち、落命し、忠勝は落涙した。
いつのまにか本多隊も忠勝と豊久の周りに集まり、その情景に心打た
れる。
[黙祷」
忠勝の命で、烏頭坂は、風の音のみが耳に伝わる風景となった。
「黙祷やめーい。きんぺい」
忠勝は梶金平を呼ぶ。
「この南に瑠璃光寺 (るりこうじ)という寺がある。そこに島津豊久
殿を運び、供養を致せ。わかったな」
梶金平は当然の指示とうなずく。梶金平は島津豊久の遺骸を運ばせる
ために数名の者を選び、瑠璃光寺に向かった。
忠勝は島津豊久を見送ったのち、全員に号令をかけた。
「我らは、島津追尾で、井伊家に遅れを取った。しかし、島津義弘公
に勇者の死を報告せねば、わしの仁義が廃る。今からは徳川の恥
を雪ぐために島津は追わぬ。勇者の義に我らも勇者としてこたえるため
に、島津を追う。意地でも井伊に義弘公は渡さぬ」
今後の決意を本多隊全員に下知したのち、忠勝はいつものように単騎
駆け出していった。
雑賀孫六が「殿につづけ」と号令を発し、いつものように本多隊全員
が、忠勝を追って烏頭坂を下っていったのである。
以下26に続く