第1部関ケ原激闘編24「戦場の虫たち」
「本多様。あなたさまの危難を救い為された、我が主君を非難
するとは、筋違いでござる」
井伊直政の傍らにいた、井伊家の旧武田家臣団の代表格である
広瀬将房が、逆に忠勝を批判した。
「よいよい。年柄年中、筋違いをやっておられる本多殿じゃ。
それより木俣守勝の後を追い、島津を捕まえるぞ」
井伊直政は鷹揚な言い方をし、直政とその一団は、急ぎその場
を立ち去っていった。
「あいつら人間じゃねぇ、たたっ殺してやる」
低くつぶやくように言うと、忠勝は井伊直政の馬に向かい跳躍
すべく、地面を蹴った、…、地面を蹴った…、なぜか地面を蹴れな
い。
眼を落とすと、忠勝の両脚を梶金平が必死で押さえていた。
「こんぺい、放せ。」
「わしはこんぺいじゃない、きんぺいじゃ。殿、短慮はなりま
せぬぞ」
「馬鹿、あいつら人間じゃねぇ、虫けらだぞ。何匹殺そうが、
かまわん」
[殿、一寸の虫にも五分の魂。600キロの牛には300キロの魂」
といいながら、雑賀孫六が、忠勝を羽交い絞めにする。
「こら、馬鹿者ども。こんぺい、孫六、主君に何をする。放せ、
直政が行ってしまう」
その様子を見守っていた本多衆の中から声が上がった。
「殿、井伊の者たちの姿はもう見えませぬ」
それを聞き、忠勝も観念したのか、
「わかった、もう良い。わかったから、わしから離れよ。天地
都在我心中」
と言った。
天地都在我心中は忠勝が全身の気を集中させ、外に爆発させる
時の呪文である。これ以上俺を怒らせるなと言っているのだ。
すばやく梶金平と孫六は忠勝から離れた。
「ハアーッ、むなしい、虫けらでも徳川の人間か」
忠勝は深くため息をついた。
その時、
「ただかつ…さま」
と島津豊久が最後の気力を振り絞って、忠勝を呼んだのである。
以下25に続く