第1部関ケ原激闘編22「剣話」
死を覚悟した忠勝の眼に、猪のような物体が敵に衝突していく姿
が入ってきた。
井原正英が島津豊久に体当たりをしていったのだ。
豊久は体をねじり、正英をかわしつつ、忠勝に側面から突きを入
れる。
豊久が正英をよけたわずかな時が、忠勝を前方に飛ばせた。
豊久の突きは空を切る。
忠勝は受身をとりながら、即座に地面から立ち上がった。その横
には、体当たりに失敗した正英が立つ。
今度は下りを背に、忠勝と正英が豊久に対した。
その時、島津義弘を追う井伊家家老木俣守勝とその騎馬隊が、忠
勝と正英の傍らを駆け抜けていったが、二人の眼には前方の敵しか
見えない。
「正英、なぜ切らなかった」
忠勝が豊久を見ながら正英に問うた。
「これほどの武芸者に、不意打ちをしたくはありません。勝負な
ら正々堂々と」
「よくいった」
忠勝は満足げにうなずきながら、豊久に声をかける。
すでに豊久の背後には、佐土原衆を制した本多の武者たちが勢揃
いしていた。
「わしは、本多忠勝じゃ。おぬしの名は」
「……」
豊久は無言で答えない。
その豊久に
「どうだ、武器を捨てんか。このわしが死を覚悟したことなど、
一言坂以来だ。おぬしのような、すばらしき技を持った武将を殺
したくはない。捕虜にならんか。絶対に薩摩に返すぞ。いやなら、
この場から立ち去るがよい」
忠勝は、同じ武の道を生きようとする若者に、先輩として、心か
らの説得をした。
古来より、武道の達人たちは、その武道の戦いを通じて、その技
の出し合いを通じて語り合うという。
この場合、忠勝と豊久は、剣と剣を交わせて語り合ったのだ。
そして忠勝はこの若者に己の若き日を見、この若者の将来を考え
たのだ。
花も実もある島津豊久の未来を。
以下23に続く