表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
琵琶湖伝  作者: touyou
2/208

第1部関ケ原激闘編2「井原英刀」

その2は家康、忠勝に新しく井原正英が登場します。彼は琵琶湖伝全てに出てくる、主役的人物です。また関ケ原では前線に陣を移す家康の決断までを、描きます。


 午前八時に開戦した関ケ原の戦いは石田三成隊と黒田長

政・細川忠興・加藤嘉明・金森長近隊も交戦状態にはいり

本格的な戦闘状態に突入した。

 家康方を東軍、三成方を西軍と呼ぶなら、東西両軍はと

もに戦闘意欲は旺盛で 一進一退の攻防を繰り返すことに

なった。

 すでに戦闘開始から二時間以上たった頃、家康はある決

断をする。

「忠勝よ、いずれの報告も同じようなものばかり。つまらぬ。」

「ハハハ、押した引いたの繰り返し。綱引きですな。」

「膠着を脱するには、味方に大きな刺激を与えるのが良い。

今から忠勝の陣まで本陣を移そうかと考えているが。」

「大殿が自ら前線に動けば、兵の士気も上がりますな。同

意でござる。」

 感心したように忠勝もうなずく。

「忠勝様。」

 それまで全く無言で近侍していた忠勝警護の井原正英が

口を開いた。

 井原正英はこの年三十二歳。身長百六十センチ、重八十

キロと豆タンクのような体だが本多家中では居合いの達人

として知られていた。


 正英の父、井原英刀 (いはら ぇいっとう)の氏素性は不

明だが(一説には大和の柳生一族の出ともいわれるが、俗説

の域をでない)、一五六八年乳飲み子の一子、正英を鉄の乳

母車に乗せ三河岡崎城下に現れたという。

 好奇心旺盛な若き本多忠勝は、その乳母車に興味をもち、

英刀に話しかけたところ、妻は正英を産んだあと病で亡くな

ったとのこと。

 その英刀の物腰にただならぬものを感じた忠勝は、手合わ

せを所望したが、英刀は笑ってこたえない。

 では、こちらからと常住坐臥、手にしている一メートルほ

どの槍を英刀の胸に向かって全力でつきだした。

 その瞬間、英刀は忠勝が見えないほどの速さで刀を抜き、

穂先を切り上げ、宙に舞い上がった槍の先は、あまりに高く

あがったために、とうとう落ちて来なかったのである。

 英刀の超絶技に感銘した忠勝は己の家臣になることを請い、

最初は固辞したものの、正英の将来を考え、英刀も最後はこ

ころよく承諾した。


 それから四年後、英刀は戦死する。

 一五七二年甲斐の武田信玄が遠江に侵攻、この地を治めて

いた徳川家康と現在の静岡県磐田市と袋井市境付近で衝突す

る。

 武田軍強く、家康は浜松城に向けて退却。しかし一言坂(

現在の磐田市一言)で追いつかれてしまう。

 その時、最後尾を任された忠勝は家康退却の時を稼ぐため、

死を賭して坂の下側という不利な状況の中で武田軍を迎撃、

武田の進撃を食い止めるという大殊勲を挙げる。

 世にいう一言坂の戦いである。

 この後、忠勝は、

「家康に過ぎたるものが二つあり。唐の頭に、本多忠勝」

 と言われるようになる。

  しかしその戦いのさなか、悲劇は起こる。

 大将、本多忠勝を狙い武田の弓矢隊が数百本の弓を射る。

 忠勝危うし。

 そのとき井原英刀が忠勝の前に立ち、盾となり、数百本の

矢を全身に浴びて死んだのである。

 戦後、忠勝は英刀の義に報いるため英刀の一子大五郎じゃ

なかった、正英を子供のいない百姓夫婦に養育させ、暇をみ

つけては己の武術を正英に教え、十四歳のときから四年間、

信州の戸沢白雲斎のもとで修行させた。

 十八歳の時、白雲斎の元から呼び戻し、正式な家臣として

忠勝の護衛役に任命し、現在に至る。  


「何だ正英。分をわきまえろ。」

 と家康の御前で聞かれもせずに言葉を発した正英を忠勝は

一喝したが(忠勝は自分のことはたなに挙げ、他人の礼儀には

厳しいのだ)、家康がそれをさえぎり、自由に述べよ、ただ

し忠勝よりくだらんことを言えば打ち首だと怖い冗談を付け

加えた。

「ありがたき仰せ。今、陣を移せばこの陣の左前方の松尾山

に一万五千の兵を持って待機する敵、小早川秀秋の利すると

ころとなり、場合によっては秀秋の攻めで、大殿の命にも関

わらんかと」

「忠勝、正英という良き家臣をもって幸せだな。この家康の

命を心配してくれるか。感謝、感謝。しかしな、正英。もう

この命は天下の民のもの、この戦に勝つなら、わしの命なぞ

取るに足らんものじゃ。わかるな。」

 家康は慈愛に満ちたまなざしで正英に優しく語りかけた。

 正英は家康の天下万民を思う心にふれ、子供のように感動

し大きく頭を下げた。

 頭を上げるとき、不覚にも大粒の涙が地面に落ちていった。

 それを見た忠勝が正英の耳元にささやいた。

「お前は本当に馬鹿だな。考える力がないのか。小早川秀秋

は徳川平和同盟の一員なの。正午になったら裏切って三成方

を攻撃するの。正英ちゃん、わかった、このお馬鹿ちゃん。」

 正英は失神しそうな気持ちになり、思わず家康を見た。

 その思いを知ってか知らずか家康は号令をかける。

「本陣を忠勝の陣近くまで移す。全員出動」

 正英には家康が最後の言葉を述べたあと、舌を出したように

見えた。

 以下三に続く

 ヨコ書きこの下のネット投票のクリックして一票入れてください。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ