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琵琶湖伝  作者: touyou
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第三部百九十一「美里正拳 平安百世(1)」

  第三部百九十一「美里正拳 平安百世(1)」


「おう、そなたが、空海様の流れを汲む美里正拳の正統継承

者、第三十二代目表正左衛門か。麿は最澄様の伝統を受け継

ぐ独鈷比叡剣の継承者、烏丸少将成幹。一度はお相手をして

もらいたかった相手じゃ。存分に戦おうぞ」

 成幹は高虎のつぶやきが聞こえたのか、うれしそうに、か

ん高い声をさらに高く挙げて言った。

 しかし、表は表情すら変えず、直立不動で相変わらず胸の

前で合掌し、「テン ティ ツゥ ザイ ウォ シン ジョ

ン」と呪文を唱え続けている。

「表殿は、我が剣に臆したのか。どうも動けぬようだな」

 成幹はそう言いながらも、すばやい運歩で表の前に立つや、

長剣を突き出した。

 表の背後に立っていた高虎は、「あっ」と思わず声を挙げ

たが、次に高虎が見た光景は、成幹が吹き飛ばされて十メー

トルほど向こうに横転してゆく姿であった。

 相変わらず、表は姿勢を変えず、呪文を唱えているだけで

ある。

 いったい何が起こったのか、高虎には分からず、また攻め

込んだにもかかわらず、何か見えない壁のようなものに跳ね

返されて、後方に横転した成幹も事態が呑み込めていなかっ

た。

 成幹は油断なく起き上がると、衣服についた埃を払いなが

ら表を凝視した。

 ただ単に、立っているだけにしか見えない。

 成幹は地面を蹴って、宙に浮くと一直線に表に向かい、胸

の辺りに剣を突き刺そうとしたが、表の周りの空気はやわら

かき羽毛のように、やさしく彼の剣を表の体に触れる直前で

受け止め、一挙に跳ね返した。

 またもや弾かれた成幹は、今度は横転せずうまく着地した

ものの、己の想像を超えた現実に驚愕し、数歩後ずさりをし

た。

(まるで表の周りには、霊的な結界が張られているようだ。

しかし、なぜ攻撃を表はしてこない。・・・・・・・そうか、

表が少しでも反撃をしようとすれば、結界に空隙が生れるか

らだ。ならばこの見えない壁を作っている表の内力(ないりょ

く 体内の気のパワー)が弱まれば、自然に壁も崩れてゆく

はず。こちらの内力が先になくなるか、表が先になくなる

か、攻撃あるのみ)

 成幹はそこまで考えると、「最澄様、お力を」と心で念じ、

電光石火の早業で表に五秒ほどで百五十回の剣を繰り出した。

 その早業にもかかわらず、成幹の剣は空を切るばかりであ

り、百五十回目の剣を突き出したとき、またもや、弾き返さ

れたが、着地したのち、ひるむことなく大きく息吹をして、

その後長剣を眼の前で縦に構え、前方中天の十六夜の月の光

を剣に映すと、「最澄様、我に力を」と今度は声にだして叫

んだ。

 その瞬間、月の光を反射した剣から出たきらめきは、表に

向かって進んでいった。

 まさに長岡高明寺で柳生兵庫助が見せた、柳生流奥義「月

影」と同じ動作であったが、「月影」が光線を発したのに対

し、成幹の技はきらめいた光が表に近づくに従い表や高虎を

包み込むような大きな炎となったことである。

 高虎は猛烈な炎の壁が己を直撃してくる様子に愕然となっ

たが、表の横に立って半身となり、右手のひじを曲げながら

脇につけ、左手を大きく突き出して炎に立ち向かう男の出現

にも驚いた。

 その男は一九〇センチで百キロはあろうかという巨漢であ

るが、頭を剃りあげ、僧衣を着ている。

 いつ現れたのか、高虎が凝然とする中、炎は虎の形になり

大きな口をあけながら、襲い掛かってきた。

 その刹那、眼前の大男は龍となって、炎の虎を組み伏せて

いた。

 組み伏せられた虎は、断末魔の悲鳴をあげるかのように、

「ウオーッ」と一声挙げると、その体は爆裂音とともにバラ

バラに飛び散り、さらに眼のくらむような光が放たれた。

 そして訪れた静寂とともに、炎は消え、僧も消えていた。

 表は呪文を唱えるのをやめ、軽く息を吐きながら気を調整

した。

 高虎の眼には地面に倒れ伏す成幹の姿が見えた。

 成幹の傍らには、少年のような愛らしい顔をした小柄な僧

侶が立っている。

 その僧侶は、高虎と表に優しげに微笑みかけると、成幹を

軽々と抱え、ふわりと宙に浮き、そのまま雲のかなたの闇の

中に入っていったのである。

 高虎は、この数分間に起こった出来事に夢を見ているよう

な気持ちに襲われた。しかし足元には梶川をはじめとした、

己の家臣の死体があるのだ。

 これは、現実なのだ。

「高虎殿、もう一歩早く、助けに来れば、梶川殿たちは、死

なずにすんだのに、申し訳ありません」

 表が、深々と頭を下げた。

「とんでもない。我が家臣たちを死なせたのは、私の状況判

断の甘さだ。徳川の者たちを狙っても、私は狙うまいと思い

込んでいたのだ」

 高虎は自分の責任として、表の頭を上げさせ、わざわざ、

世俗に介入しに来てくれたことを感謝した。

    百九十二「美里正拳 平安百世(2)」に続く


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