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琵琶湖伝  作者: touyou
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第三部江湖闘魂完結編百八十八「猿飛大いに泣く」

 第三部江湖闘魂完結編百八十八「猿飛大いに泣く」


 猿飛は快調に飛行していた。

 邦源とお香父子は、すでに対岸に渡りきっていたが、そ

の数メートル先に迫り、父子の顔がはっきり見えていた。

 岸からお香が石つぶてを投げてきたが、嵐山のこともあ

り、気楽にかわした。

(同じ手は食わぬ)

 内心ほくそ笑みながらかわしたのだが、次の瞬間、腹部

に痛みを感じ一挙に猿飛は失速して、湖面に体をしたたか

に打ちつけられることになった。

 お香の攻撃は分かっていたが、邦源の攻撃を忘れていた

のだ。

 邦源の発した気玉は無防備な猿飛の腹部を直撃し、猿飛

はそのまま水の中に没した。

 ただし、人間の体は水中から浮くものであり、水面に消

えた猿飛の姿はすぐさま、水面に顔を出し、水を飲んだの

か大きく口をあけながら苦しそうに息をし、手足をばたつ

かせ、必死でおぼれまいとする。

 猿飛が泳げないのを思い出したお香は、

「サルって泳げないのよねー」

 と笑いこけながら言った。

 邦源はその娘の様子に情けなさを感じながらも、すぐ眼

前でおぼれるものを無視することなどできず、近くにあっ

た手ごろな長さの竹ざおを、おぼれ苦しむ猿飛の手元に差

し出した。

「この泳げぬ猿を助けてくださるか」

 猿飛は感謝の言葉を述べ、差し出された竹にすがった。

 邦源が竹ざおを持ち上げると、猿飛はすばらしい跳躍力

で、水中を脱して岸に躍り上がると刀を抜き、

「お人よしが」

 とわめきながら邦源に襲い掛かった。

 が、猿飛の人間性を予想していたお香の「夕波十八掌(百

六十五話参照)」が即座に放たれ、吹き飛ばされた猿飛の体

はまた水面に戻された。

「本当に泳げないのです。お、お、お助けを」

 水中に沈みかけながら猿飛は懇願した。

 邦源は含み笑いをしながら、竹ざおをまた差し出した。

 猿飛は、何とかそれをつかむとつかんだまま水中から飛び

上り、「このたわけ者め。親子そろって殺してやる」と叫ん

だが、猿飛の叫びはあまりに速すぎた。

 まだ猿飛は竹をつかんだままであったのだ。

 邦源が、竹を湖面に抛ると、猿飛はまたまた水中に落下し

てしまったのである。

「私が悪うござった。悔い改めまする。お情けを。泳げない

のです」

 そう言うのがやっとで、すぐに猿飛は眼のあたりまで湖中

に沈み、必死にもがくしかなかった。

 邦源は、岸から落ちぬように注意しながら、猿飛に向かい、

右手を伸ばした。

 猿飛も何とか邦源の手を持とうとするが、かなりの水を飲

んでしまって体が思うように動けない。

 すでに意識がなくなりかけた猿飛が、何とか邦源の手の人

差し指に左手をかけたとき、邦源は己の人差し指を通じて猿

飛に気を送り、そのまま人差し指一本で猿飛を持ち上げ岸に

引き上げた。

 そして、すぐさま邦源が、猿飛の体の何箇所かのツボを突

いてやると、数秒で猿飛は意識を取り戻した。

「・・・・・・・」

 しばしの沈黙の後、地面に正座すると、邦源に向かい水を

滴らせながら深々と頭を下げ、

「参りました」

 と言った。

 お香は猿飛のその姿を信じようとせず、夕波十八掌を打と

うとしたが、邦源が制した。

「お香、兄弟子の涙が見えぬのか」

 邦源から言われて、お香が猿飛を見ると、滴る水とともに

涙が猿飛の眼からあふれていたのだ。

 猿飛は、邦源と比べての己の技の未熟さや己の弱さの自覚

に、泣いているのではない。

 二度もだました己を、三度救おうとした、邦源の心の広さ

に、その寛容さに感激し、己の心の狭量さを嘆いたのだ。

 真の達人は、その技を人を活かすために用いるという。

 活人拳である。

 猿飛は己の体を通じ、活人拳を味わい、師の戸沢白雲斎に

勝るとも劣らぬ達人、岡本邦源の前に頭 (こうべ)を垂れるし

かなかったのである。

                       百八十九に続く


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