江湖闘魂完結編百八十四「高西暗報は二度死ぬ」
江湖闘魂完結編百八十四「高西暗報は二度死ぬ」
孫市の「戦国の子」という高虎評に、高虎も苦笑いし、
「戦国の子か。もう戦国のオヤジですが、こうやって孫
市様に出会えたのも何かの機縁。お互いそろそろ体のこ
とが気になるころ。病のことなどでお悩みあれば、京都
の藤堂屋敷にお越しあれ。いつでも歓迎いたしますぞ」
と述べた。
高虎の好意に、孫市もそのときは遠慮しませんが、闇
討ちだけはご勘弁をと冗談を返した。
高虎と孫市はそのあと黙礼して別れたが、以後毎年紅
葉のころになると、高虎は高明寺を訪れ、孫市との交友
を暖めていくことになる。
話は変わるが、孫市が木兵衛として客を本堂に通した
ことはすでに述べたが、ではその客は何者であったのか。
その名を霧隠才蔵という。
多くの伊賀者が死んでいく中で、所司代の警備につい
ていた霧隠は高西暗報らをおびきよせる作戦を知り、い
ても立ってもいられず、真夜中の高明寺来訪となったの
である。
応対した井原正英は、すでに敵は全滅し戦いは終わっ
たことを告げたが、霧隠が、
「まさか高西暗報は心の臓を押さえながら死んだのでは
ありませんか」
と問うた時、正英のみならず、その場にいた兵庫助も
良之介も梶川も唖然とした顔で一斉に霧隠を見た。
霧隠は、十一日の深夜、暗報を大津から唐崎に向かう
道中で待ち伏せしたこと、そして確かに自分の眼の前で
死んだにも関わらず、十三日夜に暗器師烏丸中将成幹を
我ら伊賀者が襲ったときに突如現れ、成幹とともに消え
たこと、などを話した。
一六〇二年十一月十六日午前四時。
昨晩の決戦が嘘のように静まり返った高明寺の墓地の
一角の土中より、右手が突き出てきた。
さらに左手が。
そして坊主頭が。
高西暗報が、黄泉参りから戻ってきたのである。
両手を地面に置いて、頭を振りながらかかっている土
を払った。
そして首を伸ばし深呼吸をして、うまそうに夜明け前
の空気を吸った。
土の中から首から上のみが出た、その低い低い暗報の
視線の先に片ひざ立ちの武士の姿が見える。
柳生兵庫助である。
さらにその背後に、霧隠才蔵が立っていた。
「なんだ、若者よ来ていたのか。わしのこれが定めなの
かな」
暗報は、才蔵に笑って声を掛けた。
片膝立ちの兵庫助の刀が冴えきった霜月の月の光に照
らされ、左から右にゆるやかな弧を描きながら地表すれ
すれに動いて行き、暗報の首を薙いでいった。
その刃先には暗報の首が笑顔のままで乗っている。
同じ軌跡で元の道を兵庫助の刀は戻ってゆき、暗報の
体のもと在った場所にその首を置いて、刀は兵庫助の鞘
に帰っていった。
ふつうなら噴出するはずの首先からの血はまったく出
ず、何のこともなかったかのように暗報は兵庫助や才蔵
に笑いかけている、
ただ笑顔の作るしわが、固まって元に戻りそうには、
永久に見えぬことが、暗報の死を周囲の者に教えていた。
才蔵は暗報の眼を閉じてやり、兵庫助や他の柳生衆と
ともに、丁重に再度の埋葬をした。
傍らで見ていた正英は、兵庫助の技に舌を巻いた。
首を斬ったのに血が一滴もでないなど、奇跡としか正
英には言いようがなかった。
おそらく尋常の速さではない。
ゆるやかに見えた兵庫助の振りは、暗報の首にあたる
刹那、誰も真似の出来ぬ速さとなり、首を薙いだのであ
ろう。
正英にはそこまでの速さでの首切りはできない。
もし兵庫助と己が戦えば、絶対に勝てないと思った。
良之介は、兵庫助は手品師のようなことをする、と評
したが、正英はさりげなく注意をした。
「手品師、たとえば有名な山田奈緒子ならその技にはト
リックがあるが、兵庫助の技には何の仕掛けもない。真
の達人のみができる技だ」
百八十五に続く