第三部江湖闘魂完結編百八十「決戦 正英対暗報」
第三部江湖闘魂完結編百八十「決戦 正英対暗報」
良之介が放り投げられるのを見て、
「ウヒョーフワァ。正英いくらなんでも手荒すぎるぞ。
良之介がかわいそうではないか」
と暗報は良之介の身を案じた。
「人間の首と胴をズタズタにしてよく言うな。暗報、今
の技は何だ」
正英は暗報の経歴については何も知らなかったのだ。
暗報はしばらく妙な顔をしていたが、
「わしのことを知るはずがないわな。おぬしが蝦蟇功
を使うと知ったのは、昨日のことだし。教えよう。わ
しは京都高雄東命寺派の導師にまでなった男よ。今の
技は雪林氷布 (せつりんひょうふ)だ。やわらかい布
を己の気で氷のように鋭利にし、鉄のような強さを持
たせる技よ」
「東命寺派といえば、空海様が高野山に入られる前に、
高雄山で教えられた武林の名門中の名門。その名門に
おぬしのような殺人鬼がでるとは。空海様は入定され
たあとも高野山奥ノ院の霊廟で禅定を続けていると噂
されるが、おぬしのような者が東命寺派にいたと知れ
ば、すぐさま高野山から飛んでこよう。だが俺は人を
チクルのが嫌いでな。空海様に告げ口などはせぬから、
安心しろ。それに空海様のお手を煩わすまでもないし」
正英は微笑みながら最後を言った。
「空海様のことを言うな。わしとて空海様を尊敬する
一人ぞ」
暗報は正英の挑発に見事にのり、みるみる顔が真っ
赤になり、はげ頭からは湯気がでてきた。
しばらく正英をにらんだ後、
「ねんねんぼうやはくすりの子。
くすりをつくり遊びなよ。
ねむればよい子はあの世行き。
毒屋のお子にはなりとうない」
暗報は、茹で上がった蛸のようになりながら、外見
とは裏腹に子守歌らしきものを小声で歌った。
空海の話をきっかけに東命寺の修行時代を、さらに
幼きころを思い出したのか、なぜか眼には涙があふれ
ていた。
ついには大粒の涙をこぼしながら、
「正英、死ぬのだ」
といい、続けて、
「雪林氷布」
と顔をゆがめながら大声を発し、赤布が正英に向か
い放たれた。
正英はすぐさま本堂の板間に身を四つんばいにして
伏せたのち、そのまま暗報に向かい跳躍した。
その体全体からは緑色の霧状のものが飛散していった。
霧状のものをかけられた赤布は、あっという間にボ
ロボロに崩れて床に散乱した。
蝦蟇功奥義の西砂制邪悪 (せいさせいじゃあく)とい
う技で、体内の毒素を体じゅうから一斉に噴出させる
ものである。
正英はさらに両手を胸の前であわせて前に突き出すと、
白き発光体が暗報にむかい飛び出した。
暗報は両手にやっと残る赤布に、
「オン バキリュウ ケンバヤ ソワカ」
と呪文をかけるや正英の発光体に両手二枚の赤布を投
げつけた。
一枚は発光体とぶつかり発光体を破砕し、一枚は蛇の
頭に姿を変え、正英を襲った。
「ノウマク サンマンダ ボタラウンケン」
正英も呪文を発すると、胸先三十センチのところまで
迫った蛇頭を電瞬一撃の居合いでたたっ斬った。
蛇頭は赤布に戻ってヒラヒラと板間に落ちていった。
一挙に勝負を決しようと、空中に浮いたままの正英は、
蛇頭を斬った太刀で暗報に向かい飛翔した。
暗報も正英に向かい跳躍し、上段からの正英の剣が暗
報の脳天に振り下ろされた刹那、一瞬早く暗報の飛び前
蹴りが正英の腹部をえぐり、正英は良之介のいる壁際ま
で蹴り飛ばされていったのである。
良之介は、腹部を押さえ苦痛に顔をゆがめる正英をな
んとか助け起こした。
百八十一に続く