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琵琶湖伝  作者: touyou
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第三部江湖闘魂完結編百七十八「高明寺の決戦」

 第三部江湖闘魂完結編百七十八「高明寺の決戦」

 長岡高明寺については百五十五話で述べたが、京都西山

の一角、長岡の地にあり、秋は紅葉の名所でもある。

 総門を入ればなだらかな参道が続き、その両脇にはもみ

じの巨木が並んで、秋になれば圧倒的な紅葉で参詣の人々

を驚嘆させる。

 また参道と平行した道がもみじの木々を壁にして左側に

あり、参道を上がり、御影堂(本堂)を正面に見て、左側に

曲がればその平行した道を下って行くことになる。

 この道は参道ほどの幅の広さはないが、「もみじの馬場」

といわれ、紅葉のトンネルをくぐるような趣で歩く者の眼を

楽しませてくれる。

 一六〇二年十一月十五日午後八時。

 寺近くのあぜ道に、息を殺してうずくまっているものたち

がいた。

「暗報さん、あんたはおれの薩摩でのことを気にしてくれた

が、あんたの過去はどうなんだい」

 宮内平蔵は高明寺の灯りを眼に入れながら高西暗報に問い

かけた。

「わしは振り返るほどの昨日を持っていないな。というより

過去を思い出すと地獄しか見えないのだ。そんなことより、

風だ。いつまでもここにうずくまっていても仕方がないから

な」

 暗報は宮内の問いに無表情に答えながら、風の按配を気に

していた。

 それから五分後。

 高明寺の総門から参道そして本堂に向かって風が流れ始め

たとき、総門付近で白煙が舞い上がった。

 同時に植山衆最後の者たち十五名が、白煙の中の総門をく

ぐり、参道を駆け上がりながら手に手に持った玉を前方に投

げる。

 さらなる白煙があがりその煙は風に乗り、本堂近くまでを

包み込んだ。

 自明のことだが、白煙の正体は暗報特製のしびれ薬であり、

植山衆は事前に解毒剤を飲んでの参戦であった。

 十五夜の満月の下を、粛々と植山衆は前進した。

 総門から参道にかけ、十名以上の徳川の者たちが、しびれ

薬をかいでその場に倒れこんでいたが、かれらに眼をくれる

こともなく、植山衆は本堂に向かっていった。

 境内に立ち込めていた白煙が消え去った時、その前に現れ

たのは藤堂家の鉄砲隊十五名。

 藤堂高虎は、南禅寺金地院に攻め寄せた敵の攻め方から、

また遅れてきた井原正英の言より、高西暗報という毒使いの

攻撃に備えて、虎の子の鉄砲隊を本堂内に隠れさせ、白煙が

弱まるのを待っていたのだ。

「ズドーンッ」

 鉄砲隊の銃口が一斉に火を噴いた。

 植山衆の前列の五名が後続の盾になるかのように倒れ、第

二列の十名の者達は安心して鉄砲隊に襲い掛かった。

 玉込めの暇などなく逃げ出した鉄砲隊の何名かが植山衆に

切り倒されたが、いつのまにか攻勢にでた植山衆を包み込む

ように白刃を手にした柳生の者どもが囲い込んでいた。

 柳生殺円陣である。

 囲んだ刹那、八名は飛び上りながら上段から刀を下ろし、

あとの七名はススススッとすり足で前進しながら下段から刀

を振り上げた。

 上段と下段の動きはほぼ同時で、襲われた敵は防備のしょ

うがあるはずがない。

 ただし円のなかに全方位から同時に攻めるのであるから、

相打ち覚悟の必殺陣こそ柳生殺円陣の要諦なのである。

 円の中心あたりで無数の血しぶきが上がった。

 植山衆七名と柳生衆四名が血の海に倒れこんだ。

 殺円陣から逃れ出た植山衆三名は、待ち受けた柳生兵庫助

の飛燕の如き立ちさばきの前に地面に崩れ落ちていく。

 植山衆を葬り去った後の、一瞬の空白が兵庫助と柳生衆を

包んだ。

 次の瞬間、宮内平蔵が一疋の赤い布を両手それぞれに掴み

頭上に高く振り回しながら参道から飛び出し、月明かりと本

堂と石灯籠の明かりに照らされる十人ほどの柳生衆の真中に

いきなり突っ込んだ。

 そして赤布を本堂横の鐘つき堂の方角に投げ込むや、即座

に横殴りに太刀を振るった。

 平蔵右横のひとりが左頬をそっくり削ぎ落され、次のひと

りが真横から付け根の近くで右腕を切断され、苦悶の声を上

げながら参道のほうに転がった。

 赤布はそのまま鐘つき堂の屋根の上に立つ暗報の手に渡っ

た。

 その刹那四名の柳生衆がフラフラとその場に倒れた。

 赤布にかけられたしびれ薬の粉が空中に飛散していたのだ。

 さらに平蔵は、たじろぐ前方の敵に追い縋って、振りかざし

た太刀を叩きつけた。

 叩きつけられた男の顔が真赤に染まった。

 間髪を入れず、太刀を逆手に持ち替え背後へ突き出した。

 その太刀は後ろに回ろうとしたた男の腹から背中を貫いた。

 宮内は、男の腹を蹴り上げて太刀を抜き取ると、斜め前方

の敵に身構えた。

 一見、少年のように見える敵であった。

                      百七十九に続く


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