第三部江湖闘魂完結編百七十七「刺客 平蔵の真実」
第三部江湖闘魂完結編百七十七「刺客 平蔵の真実」
「暗報さん、長岡高明寺がどうも怪しいと思うのだが」
宮内平蔵が言った。
南禅寺を襲撃した後、所司代の軍勢が南禅寺に到着
する前に、高西暗報らはいち早く、銀閣寺近くの植山
衆の隠れ宿に逃げ込んでいた。
ただし暗報は追っ手に見つかることなど意に介さず、
次の日はのんびりと宿の前の長椅子に腰掛けて、物思
いにふけっていた。
宮内平蔵は、所司代の監視をしていた植山衆から、
昨晩、厳重な警戒のもとに藤堂高虎に率いられた一行
が長岡高明寺に入ったという報告を受け、さらに夕方
近くには井原正英らがやはり高明寺の門をくぐったと
いう報から、暗報に相談をしに来たのである。
「ワナかもな」
暗報は陽光が次第に弱くなりつつある京の空を見上
げながら言った。
「しかし藤堂が行き、さらに今日は井原正英らが入っ
たとなれば、高明寺には徳川が全力を挙げて守らねば
ならぬ者がいるはず」
宮内が反論した。
「成幹様は、金地院崇伝を殺せと我らにお命じになっ
た。しかし、崇伝が今どこに隠れているかは見当もつ
かぬ。ならば平蔵、この際、一人でも多く、徳川の人
間を殺して我らと地獄の酒盛りの相手にしても良いな」
「暗報さん、その通りだ。高明寺に金地院はいないか
も知れぬ。だが、藤堂や井原が我らを待っていること
は確かなこと。「死ぬべき時節に死ぬこそよけれ」と
いう文句を何かの書物で読んだことがある。今が、「
死ぬべき時節」と思うのだが」
「お前は死に場所を探して生きてきたのか。ならば殿
の側室と護衛役を殺したときにその場で自害しても良
かったのではないか。其の時、死ねなかったのがお前
の不運かも知れんな」
暗報は、宮内が死に場所を見誤った運のなさを嘆い
た。
宮内は意を決したように言った。
「ここまで来て嘘を言い続けるのはやめにする。おれ
が側室らを殺したのは、義弘様の命令だったのだ。殺
した側室と護衛の者が不義密通をしていたのだ。俺の
行為は上意討ちだ」
「では何で脱藩者としておまえ自身が上意討ちの対象
となったのか」
「義弘様は反徳川の大名であった。そして公家の代表
である反徳川の首領、関白九条兼孝様から、親徳川の
公家を、場合によっては家康自身を殺すための人材を
求められていたのだ」
「島津義弘はお前の剣の腕を関白に与えたわけだ。し
かし表面的には義弘自身が反徳川という旗幟を鮮明に
はしたくなかった。そのため、お前は側室殺しの汚名
を着せられ、脱藩者となったのか」
「脱藩して次の年の一月、関ヶ原のあった年だが、お
れは京都にいた義弘様を訪ね、九条様に会いに行って
もよいかと問うたが、「国許の兄の義久が京に兵を寄
越さぬ可能性が出てきた。そうなるとわしも堂々と家
康打倒を叫べぬし、九条様との付き合いも避けねばな
らぬ」と言い出した」
暗報は、苦笑いをしながら、
「人殺しの汚名まで着て、京に出たところで、ハシゴ
をはずされたのか。義弘とは冷酷な殿様だな。」
と言った。
「あげくの果てには義弘様はおれに討手を差し向けた。
おれの存在が邪魔になったのだ。笑えるくらい悲しかっ
たが、義弘様が関ヶ原に負け薩摩に戻った後、おれの
腕を刺客として買ってくれると考え、九条様を訪ね、
成幹様を紹介されたのだ」
「島津義弘を殺そうとは思わなかったのか」
「非人情な人間でも、主君は主君だからな。それより
成幹様に出会えて、自分より強い人間の技に日々接し
て来られたのは、楽しいことだったよ。ちょっと人を
殺しすぎたかもしれないがな。とにかく今夜がおれの
死に時だ」
宮内は自嘲気味につぶやいた。
暗報は腰掛けたまま、しばらく眼をつぶっていた。
それから、
「おれは貴様のように死ぬ時や死に場所を探すほど人
間は出来ていないが、武術に生きてきた人間として、
あの井原正英は久しぶりに心の底から殺したくなった
男だ」
と言って立ち上がった。
百七十八に続く