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琵琶湖伝  作者: touyou
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江湖闘魂完結編百七十四「九州の劉邦 島津義久」

 第三部江湖闘魂完結編百七十四「島津義久の戦いその一」

 翌朝午前九時。

 朝餉もとり、長岡に行く支度も整えた正英と良之介の部屋に

梶川小兵衛が入ってきた。

 梶川は、板倉様が出かける前に是非会いたいので顔を出して

くれぬかといって来たが、客人がいるので金地院様が所司代に

隠れていることは他言してくれるなと頼んできた、と二人に告

げた。

「何を今さら」

 正英は笑って梶川に応じたが、梶川は、板倉様は慎重な方で

あるから念には念をいれたのであろうが、わざわざそう言って

来るほど用心せねばならぬ客かも知れんと言い、正英の気を引

き締めさせた。

 金地院崇伝は昨晩より、所司代内にある隠れ部屋に籠もって

いる。

 外部的には長岡高命寺に潜んだという噂を、京都中に伊賀者

がばら撒いていた。

 正英、良之介、梶川の三名が、出立の挨拶に板倉のいる奥の

広間に行くと板倉は下座に座り、上座には七十前後の老人が座っ

ていた。

 髪の毛が九分通り白く、穏やかな感じの上品な老人である。

 その老人の右側やや下がって二人の侍がいる。

 一人は五十年輩で、あとのひとりは四十くらいか、中肉中背

だが逞しくて見るからに精悍そうで、切れ上がった目が険しく、

人を威嚇するようであった。

 正英は全く見ず知らずの三人に黙礼し、さらに板倉に礼をす

ると、板倉は自分の横に座れというので、正英らは横に座り上

座の老人と正対する形になった。

「この者共がさっき話した南禅寺の猛者でござる」

 板倉が老人に紹介する。

 老人は、

「井原正英か」

 と良之介に言い、良之介はあわてて、自分の名を告げ、さら

に梶川と正英も紹介した。

「けっこう太っているな」

 と老人は、笑いながら正英の身長百六十センチ体重八十キロ

の体型を遠慮なく言った。

 正英は名前も言わずにぶっきらぼうに話しかけてくる老人に、

反感よりも親しみを感じた。

「鍛えているのですが太ってしまうのです。我ながら情けない

のですが、井原正英と申します。よろしくお願い致しします」

 正英は老人に礼をもって接した。

 老人も威儀をただして、

「これはこれは、わざわざのご返答痛み入る。拙者は島津義久

と申す」

 とにこやかに名乗った。

「エッ」

 正英、良之介、梶川は一斉に驚きの声を挙げた。

 なぜなら島津義久といえば、島津家の前当主だが薩摩の実質

的支配者であり、関ヶ原の退却戦を指揮した義弘は義久の実弟

であった。

 関ヶ原戦後、家康は義久に島津の所領安堵の礼をしに上洛せ

よと再三要請しているのにも関わらず、この二年間薩摩の地を

離れることなく沈黙を守り続けている、その沈黙に家康さえも

恐れを抱いているという噂の武将であり、「九州の劉邦」とも

いわれる男でもあった。

 その大大名が何故に今、正英らの眼前にいるのか。

 驚くのは当然であった。

 五十がらみの男が笑いながら、

「そう驚かれるな。こちらは薩摩島津家前当主島津義久公でご

ざる。ちなみに拙者は新納旅庵 (にいろりょあん)、隣の目つき

の悪いのは東郷重位 (とうごう ちゅうい)と申す。よろしくあ

れ」

 と言い、東郷と紹介された侍は会釈をし、正英らも会釈した。


 新納旅庵はこの琵琶湖伝の第一部に登場した人物である。

 琵琶湖伝の第一部は関ヶ原激闘編と銘打ったように、関ヶ原

の戦いそれも島津義弘の退却戦にかなりの紙幅をさいたが、新

納は義弘の脇を固め、義弘とともに関ヶ原からの脱出に成功す

るが、義弘が堺まで行きそこから薩摩へ帰国したのに対し、新

納は脱出の途中で不覚にも義弘とはぐれてしまい、京都鞍馬に

潜伏する。

 しかしすぐに関ヶ原戦後の徳川の落ち武者狩りに遭い、家康

の側近山口直友の部隊に捕縛される。

 この山口直友は、一五九九年の島津家と薩摩藩内の実力者伊

集院氏が対立して合戦となった庄内(現在の宮崎県都城市)の乱

を第三者の立場から調停するために家康が送った使者であり、

見事に乱を終了させた切れ者であった。

 捕縛した新納に対し、山口は、庄内の縁で今度の関ヶ原戦後

の島津家の処遇の交渉責任者となったいることを告げ、薩摩本

国にいて合戦に参加しなかった、前当主で義弘の兄である義久

や義久の息子の忠恒に徳川への叛意があるかを問うた。

 当然ながら新納の答えは「否」であり、徳川はその答えを好

意をもって迎えいれた。

                        百七十五に続く


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