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琵琶湖伝  作者: touyou
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江湖闘魂完結編百七十二「「南禅寺の死闘お香の大鷲」


 竹が弾けるような音が、無数の人間の関節が次々に鳴る

ような音が、建物全体からひびいて来ている。

 良之介は凝然として十四日の月を眺めた。

 一体、正英に何と言って熱くなりつつあるこの屋根瓦か

ら立ち上がらせようかと、悩んだ。

 そしてさらに月を眺めた。

 その満月の中に良之介は小さな点を見つけた。

 その点は少しずつ大きくなり、良之介の瞳に入ってきた。

「井原様、立ち上がって月を見てください」

 良之介は嬉しそうに言った。

 その明るい声が、死の淵に足をかけた男の心に刺激を与

えた。

 あまりに今の状況と裏腹な良之介の声に、正英は思わず

立ち上がり、月に視線をやった。

 それは月を背にした大鷲の姿であった。

 その背にはお香が乗っていた。

 お香は嵐山で猿飛を川に落とした後、太田牛一の行方を

父岡本邦源に聞くために夕闇の中、近江堅田を目指したが、

途中で「明日の夜にも金地院を訪ねる」と正英に約したこ

とを思い出し、大鷲の頭を東山南禅寺の方角に向けさせ、

一路進むことにしたのだ。

 しばらくしてすぐに、南禅寺付近の異変に気づく。

 渦を巻き流れ行く煙と空を赤く照らしている何かが、お

香に神秘的な感じを与えるとともに、その美しさがその下

で燃え盛っているであろうものの恐ろしさをお香に想像さ

せた。

 さらに近づき明らかに南禅寺三門が燃えていることが、

お香の眼に映じたとき、その今にも崩れ落ちそうな建物の

先端に二つの人影を見つけた。

 正英と良之介であることが次の瞬間に分かると、お香は

大鷲を炎上する三門の甍 (いらか)にむかい突っ込ませた。

 火の中に消えた大鷲がそのまま三門を突ききり、斜め上

空に飛び出たとき、左手一本で正英を抱え、右手で大鷲の

足首をガッシと掴んでいる良之介の姿があった。

 お香は大鷲を旋回させると、二条城を目指し飛んで行っ

た。

 二条城の北側に京都所司代があるのだが、すでに月明か

りが頼りの時間であり、大きな建物を目標にしたのだ。

 結局、二条城の手前の原っぱにお香は大鷲を降ろした。

 三人もの人間を運んで疲れの目立つ大鷲の頭をお香はな

でてやり、そのまま解放した。

 大鷲は西山の空に向かい飛んでいった。

 正英の様子があまりにおかしいので、良之介から事情を

聞き、同じ戸沢白雲斎門下として、すぐに咆哮残姿風を放っ

た影響と知った。

 お香は憔悴しきった正英を地面に座らせると、自身の右

手に拳を作り人差し指のみを伸ばした。

 そして正英の背中の中央部あたりを、伸ばした人差し指

で突き、しばらく動かさなかった。

 良之介は正英の背中とお香の人差し指との接点の部分が、

青白く光っているのを見た。

 お香は「気」が極端に減少した正英の体内に、良之介の

気の注入とは比較にならない大量の気の注入を行ったのだ。

 普通なら相手に気を与えた者の方は、その分疲れるのだ

が、お香の体内の気の量は常人のものではないのか、人差

し指を離しても微塵も疲れを見せなかった。

 スクッと立ち上がった正英が、

「信濃忍法陽指功か」

 お香に問うと、

「ウン」

 と頷いた。

 信濃忍法陽指功 (ようしこう)は己の気を倍にして相手に

注入する内功であり、お香は己の持つ気の半分の量で正英の

精気を戻すに充分な量を放出したのである。

 それがお香が疲労の色を見せなかった理由であった。

 良之介は自身の内功と比べて、お香の内功の凄さに内心舌

を巻いた。

 正英は、両膝を深く落としながら両腕をゆったりと回し、

それから両膝を元に戻しながら息を吐いた。

 己の気の充満を確信した。

「お香、もう大丈夫だ、あとは寝るだけだ」

「英さんよかったね。でも咆哮残姿風を私も見たかったな。

白雲斎様から蝦蟇功の継承者は英さんのみと教えられていた

けど一度も見たことなかったし、ちょっぴりほんとに出来る

のって、疑ってたんだもの」

 正英は、真面目な顔で、

「蝦蟇功はその存在自体を隠すべき殺人技の集積だ。門外不

出。最高に実力のある弟子一人のみに師匠が伝えるもので、

人に見せるための技ではない」

 といった。

 負けず嫌いのお香は、

「それじゃ私はあんたより弱いのかよ」

 と正英に文句を言い、正英の両膝をカックンした。

 そのまま地面に座ってしまった正英は、情けない声を出して、

「ごめんちゃい」

 とお香に許しを請うのであった。

                      以下百七十三に続く


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